そろそろため息をつく“癖”を直すべきだろう。だけど、昨日今日と自分はだいぶやらかしてしまったと思う。

 なまえは学校生活で学んだ事の中に、「周りに合わせてはしゃぐ」というものがある。変にスカしていても損するだけ。ヒトという生物が作り出した社会構造に歯向かわず、従順になる時も必要なのだ。
 だがそれを踏まえても、今起きている女子生徒陣の熱気をなまえはどうする事も出来ないでいた。

 矛先を向けられているのだから。

「(それが海馬君がみょうじさんを迎えに来て)」
「(嘘でしょ?! 海馬君って、あの海馬コーポレーションの……)」
「(そうなのよ。ホラ、みょうじさんって海馬君と同じカードゲームやってるでしょ? それで……)」
「(なにそれ、私もカードゲームやっておくんだった!)」

「(どっか他でやってくれないかな)」
 もう何度そう言いかけたかわからない。喉元まで来ては飲み込み、ポロッとこぼしそうになっては飲み込み…… 正直イライラが今にも爆発しそうだ。

 “問題”から顔を背けようとしても、教室の四方八方その話題をコソコソと噂するクラスメイトだらけ。わざわざ「あの海馬の彼女らしい」というなまえの顔を見ておこうと、朝から他のクラスの女子生徒が覗きにくる始末だ。

 噂の尾鰭はどんどん長くなるし、大体がなまえを悪く言ったものになる。正直、御伽のファンクラブを結成した自分のクラスの女子だけを相手にする方がまだマシだったかもしれない。……今更になって海馬瀬人という人物がどれだけ影響力のある男だったのか、なまえは思い知らされていた。

***

「瀬人様、その……申し上げにくいのですが」
 注目を浴びているのはなまえだけではなかった。海馬コーポレーションの社長室、デスクでキーボードを叩く海馬に、磯野が苦々しい顔で手の中のプリントを握る。
「なんだ」
 海馬はパソコンの画面からとくに顔を上げるでもなくキーボードを叩き続ける。磯野は決心したように思い口を開いた。

「その…… 昨夜の瀬人様のお写真が、ネットに出回っております」

 そこで初めて海馬の手が止まった。顰めた顔を上げると、磯野が渋々差し出したプリント用紙を取り上げる。ペラリとめくれば、あのホテルで海馬となまえが腕を組んでいる写真を掲載したサイトが印刷されていた。

 海馬は別に気にするでもなく鼻で笑い、プリントの束を磯野に突き返す。
「下らん。放っておけ」
「は、しかし……」
「くどいぞ。外野には好きに言わせておけ!」
 「は、はい!」と縮み上がった磯野がそそくさと部屋から出て行く。バタンと閉められた扉からパソコンの画面に視線を戻すと、海馬は人知れずこみ上げる笑みに口元を任せた。

***

「それで、あのあとペガサスからメールが来て御伽君は急いでアメリカに渡ったんだ。」

 昼休みの屋上、遊戯たちはなまえと獏良も加えて食事を囲んでいた。購買のパンを齧りながらなまえから借りたデュエルマガジンを読む城之内のポケットには、約束の“付録のカードモンスター・ボックス”がしっかりと入っている。

「それで暫くお休みって言ってたのね。……でも、初めて触るゲームでも勝てるなんて、さすが遊戯だわ。」
 バケットのサンドイッチをまたひとくち齧る。遊戯は照れたように笑い、頬を指で掻いた。

「それよりよォ、おメェの噂、こっちのクラスまで聞こえてきてるぜ。」

 本田の言葉にぐっと喉が詰まる。「やめなさいよ」と諫める杏子を「大丈夫よ」と嗜めると、パックのミルクティーを少し飲んでからやっと一息つく。

「あんなのただのウワサよ。いい迷惑だわ」

 そう笑うなまえの横顔を遊戯が心配そうに見つめた。
「なまえ、本当に海馬君とはなにもないの?」
 珍しく人の色恋に口を出す遊戯に、杏子がびっくりしたような顔を向ける。いつの間にかデュエルマガジンからも顔を上げていた城之内や、興味津々と言った様子の本田。唯一のほほんとしている獏良を除いて全員の視線を浴びるなまえは、困惑してそれを見回した。

「や、……やだもう! あなた達まで本気にしてるの? 冗談よしてよ」

「ま、あの海馬じゃあな」
「なまえも大変ね」
 全員アッサリと引いてくれたことになまえは安堵した。同じように学校中のウワサをしている連中も引いてくれればいいのに、と内心ため息を漏らす。

 ふと遊戯と目が合った。じっとこちらを見つめる同じ色の瞳の奥の陰の中に、闇の人格の遊戯が居る。千年秤と千年パズルのウジャド眼が、いま少しだけ煌めいた。
 DDM side , end


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