なまえはその日も通常通り通学路を歩いていた。幾ばくか前の方に獏良が歩いているのを見つけると、彼女は少し足早に距離を詰める。

「おはよう、獏良君。」
 少し上擦っただろうか。彼が振り返るまで、闇のバクラの影にまだ心が騒めく。
「やぁ。おはようなまえちゃん」
 にこやかで穏やかな屈託の無い笑顔が返され、なまえもようやく柔らかく微笑んだ。
「(考えすぎよね…)」


 千年秤が力を増している。

 最初は気のせいだと思っていた。だがこの数日……いや、デュエリスト・キングダムで千年秤を使って以来。千年秤は間違いなく力を増していた。
 僅かに覚えているのは、この千年秤がなまえの血を飲み込んだこと。あれ以来、あの不思議な夢だって何度も繰り返し見ている。

 暗闇の中で光る千年秤…… その片側の杯に乗せられている自分を。

 平穏な日々を取り戻しつつあったが、千年アイテムを所持する限り 一度乱れた歯車はもう“普通”へ戻る事はない。全ての解決までは、恐らく気の遠くなるような時間が必要なのだろう。
 それに、シャーディーの言葉がずっと引っ掛かっていた。

『……今まさに、新たなる闇の鼓動が目覚めようとしている。私は貴女と、もう1人……王の魂を探さなくてはならない。』


「なまえちゃん、あれから海馬君とはどうなんだい?」
「は?」

 獏良のあっけらかんとした顔とは対照的に、とんでもない含みを持たせた言い様。いつもの冷静でツンケンしたなまえの顔はどこへやら、動揺と焦りが女子高生らしい等身大な彼女を引き出す。
「か、海馬からは、別に…… モクバ君なら連絡してるわよ。今朝もメールが…」
 獏良はなまえの初々しい反応を楽しんでいるように、ニコニコと聞いていた。


「あ! 獏良君! なまえ!」

 突然の声に振り返ると、杏子が走り寄って来る。
「2人とも大変なの! 遊戯の、…遊戯の千年パズルが盗まれたの!」
「なんですって?!」「なんだって?!」


 こうして日常はまた綻びを見せる。……いえ、もうずっと前から千年秤が反応をしているのを知っていて、私は見て見ぬ振りをしてただけ。

 なまえはついに、闘う理由を知る長い旅路に足を踏み入れた。


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