「メインコンピュータ、システム作動!」

 結局海馬邸のゲストルームに泊まらされて、朝の7時には叩き起こされたと思ったら勝手に学校へ休みの連絡入れて。昨夜の楽しかったことと言えば夜更かししてモクバ君とゲームをやったことくらい。海馬に怒られたけど。
 そして海馬コーポレーションの地下施設へ通されたと思ったら、どうやら海馬が開発した新しいデュエルディスクのデモンストレーションを見せられるらしい。眠い目を擦ってコンピュータ管制室から海馬のいるテストルームを見下ろすと、海馬がこちらを見ていた。
 
「システム各部、チェック、オールグリーン。」
 研究員達が作動パネルを忙しなく操作している。モクバは身を乗り出してインカムから海馬とコンタクトしていた。
 
「兄様、こっちの準備は整ったよ。いつでもオーケーだ!」
 
「(いよいよ次世代デュエルディスクの最終テスト…。)
 デュエルディスク、装着!」
 
 海馬の声はインカム越しにしか届かない。
 身を乗り出して海馬とコンタクトしていたモクバは、海馬に向かって頷いたり話しかけたりしている。それをなまえが後ろで眺めていると、モクバが振り返って手招きするので、おずおずと近寄った。
 
 近くにいた研究員からインカムを渡され、モクバが「兄様がなまえと話したいって!」と屈託無く笑う。
 
 他の研究員の目が気になる中それを装着すると、海馬の声が耳元でするので、少しこそばゆく感じた。
 
「なまえ、見ているか。これが新しいデュエルディスクだ。このニュー デュエルディスクは、以前のように毎ターン投げる必要はない。
 ブレードにカードをセットすれば カードデータは瞬時に読み込まれ、我が社のサテライトシステムを経由して、海馬コーポレーションの中枢コンピュータでデータを高速処理。
 再び転送された画像データが、如何なる場所でもモンスターを立体化させる。」
 
「兄さまが作ったんだぜ!凄いだろ」
 モクバが自慢そうになまえに言う。
 
「へ、へぇ……凄いわ。」
 
 なまえの口からの言葉に海馬が満足気に鼻で笑った。遠くて顔はよく見えないが、声色だけで想像はつく。
「で、でもこれからテストなんでしょ。ほ、本当に凄いかどうかはそれからね」
 ついムキになって言うが、海馬にはなまえを驚かせるネタがもう一つ残されていた。
 
「その目で確かめるがいい。モクバ!始めろ!」
 
「デュエルロボ、スタンバイ オーケー!」
 研究員たちがコンピュータを操作していく。
「タクティクスレベルをマックスに設定」
 
「しかし、瀬人様でもあのデュエルロボに勝てるかどうか…」

 モクバがムッとして、長い白髪の研究員を睨みつけた。だがデュエルロボにセットされたデッキが普段海馬が使う青眼の白龍を3枚とも入れたデッキである事を聞かされると、途端に顔色を変える。
 
「そんな、兄さまは、ブルーアイズを3枚とも敵にするのか?」

 モクバが不安気に海馬を見る。なまえもそれを聞いて、少し胸騒ぎを感じた。
「じゃあ海馬は、一体どんなデッキで戦うつもりなの……?」
 
***

 海馬はサイバーポッドの効果でミノタウルスを破壊されるが、場のモンスターは一気に増える。
 しかしそれが伏線となり、まず一体のブルーアイズが生贄召喚された。
 ドラゴンキラーを召喚して、次のターン効果によるブルーアイズの破壊を試みるが、デュエルロボが先読みし、ロード オブ ドラゴンの召喚でドラゴンキラーによる効果が封じられ、海馬は防戦一方に追いやられる。
 
 そしてロード オブ ドラゴンに装備した“ドラゴンを呼ぶ笛”の効果により残り2体のブルーアイズが出されたと思えば、リバースで出されていた融合により、ついにアルティメットドラゴンと対峙した。
 
「…!!! 、美しい」
「!」
 
 インカム越しに、海馬がつい口から零した感嘆がなまえの耳を擽り、心臓が跳ねた。
 
「(なまえも遊戯も、オレと対峙するとき…… いつも、この恐怖に曝されていたのか。だがお前達はいつ如何なる時も、その恐怖に臆する事なく立ち向かっていた。そう……己のカードを信じて! デュエリストの最大の敵、それは…… 己の心に潜む、恐怖心という魔物だ!)」
 
 
「オレのターン!!!」
 このカードに全てを賭ける!!!
 
「出でよ!!!」
 
 なまえは胸が痛むのを感じた。熱い、今まで感じた事のない、凄まじい力。血液が沸騰するほど、心臓が高鳴り、その大きな力に、ただ心が飲まれる。
 
「オベリスクの巨神兵!!!」
 

 強大な力を前に、なまえは呆然としていた。まるで映画か何かを見ているくらいの気持ちで、アルティメットドラゴンを貫くオベリスクの拳を眺めている。
 値を超えて計測できないパワーを前にデュエルロボシステムは深刻なエラーを起こし、煙や火花が飛び散る有様であった。
 
 ついにデュエルロボから火が上がる中、海馬は己が手にしたその力に、高々と笑いをあげている。
 
「素晴らしい……! 神のカードは残り2枚、どんな敵が立ちはだかろうと、必ず手に入れてやる! その時こそ、オレは完全無欠たる真のデュエル王となる!!!

 フフフフフ……
 アーハッハッハッハハハハ!!!」
 

 博物館の前で見せた千年秤の震えの正体を知った。今も同じように千年秤が震えている。
 なまえはインカムを外すと、制御の利かなくなったコンピュータシステムに右往左往する研究員達を尻目に、管制室から出て行った。

***

 テストルームに降りて出口へ向かう所で海馬が立ち塞がる。
 
「何処へ行く。まだ話は終わってないぞ。」
 
 海馬はまだ興奮が覚めないのか、少し紅潮した頬と荒い息で、目を爛々と輝かせて彼女を見下ろしていた。海馬は相変わらず鼻で笑うが、道を譲ってくれるような雰囲気ではない。

「なまえ、海馬コーポレーションは新たなデュエル大会の発表を行う。来週、また予定を空けておけ。」
 さも当然のような口ぶりで行動を制限してくる海馬に、怒りを通り越して呆れすら覚える。

「わかったから、学校行っていい? 海馬と違って私は出席日数取られてんの。」
 理由なんか何だってよかった。はやくここから出たい。オベリスクの力に充てられて、背中がゾクゾクとしている。

 私は、───いえ、私も神の力に挑みたい。

 今は海馬の前に立つ1人の女ではいられない。デュエリストとしての血が騒ぎ、闘ってみたいと肩が震えている。

 その煌々とした目に、海馬も今目の前に立っているのがなまえという女ではなく、デュエリスト・クイーンとしての好敵手なのだと悟った。脳裏に霞むあの壁画を信じるつもりはないが、なまえも誇り高きデュエリストだったと思い知らされる。

 しばらくお互いの関係がストップするだろうと分かっていて、海馬は塞いでいた道を空けた。そしてなまえも、ペガサスから与えられたクイーンの称号ではなく、もう一度自らの手で“デュエリスト・クイーン”に返り咲く決意を固めて足を踏み出す。

「また連絡する。」
「そう」

 互いの顔も見もせずに、2人はすれ違いざまにそれだけ会話をして、今は袂を分かった。


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