その日の夜、お風呂上がりに珍しくファッション雑誌を広げる遊戯に、闇人格の方の遊戯が驚いて覗き込む。
『相棒、どうした? そんなもの広げて』
「えっ、あ〜…ううん、……ゴメン。やっぱり黙ってるのはダメだよね。今度の日曜、デートの約束があるんだ。」

 その返答に闇遊戯はしまったと思った。杏子に口止めしていなかったのを思い出したのだ。
 だが相棒は思った以上に気合いを入れてる様だし、闇遊戯も杏子を誘った甲斐があったと安堵する。

『フン、分かってるぜ相棒。……でも黙ってたなんて、オレに気を遣ってくれたんだよな。』

 その返答に遊戯はしまったと思った。なまえに口止めしていなかったのを思い出したのだ。
 でももう一人の僕は思った以上に乗り気みたいだし、遊戯もなまえを誘って良かったと安堵する。

「なんだ、知ってたんだね。……でも、これでお互いに気を遣わなくていいって事にしようよ。日曜日、楽しみだね! もう一人の僕!」

『そうだな! 相棒!』

***

「う〜〜ん……」

 ベッドにあるだけの服を出して鏡の前で唸る遊戯に、闇の人格の方の遊戯もそれを覗き込む。
「どれにしようかなァ、迷うなぁ……」
『せっかくのデートだからな。オレならもう少し派手にしたって良いと思うぜ。もっと腕にシルバー巻くとかさ!』

「(とは言っても、僕じゃないんだけどね)」
『(とは言っても、オレじゃないんだけどな)』

***

「(遊戯とデートかぁ……)」
 約束の時間より20分も早く駅に着いてしまった杏子は、ぼんやりと駅の時計を眺めていた。
「(遊戯って、やっぱり今日はいつもの遊戯の方なのかな。)」

 肝心のデートに誘ってきた張本人の方、つまりもう一人の人格と言う遊戯を思い出す。
「(遊戯はもう一人の遊戯を、千年パズルの中にいる別の人格だって言ってるけど…… あーもう! 私ってば何緊張してんのよ、もぉ〜)」


 約束の時間より15分前。遊戯は駅にたどり着いた。なまえの姿を探すより前に、遊戯は千年パズルを手に取る。

「それじゃあ後は任せたよ、もう一人の僕。」

 千年パズルが煌めき、心の部屋に閉じ籠もっていたはずの視界は童実野駅前の光景に変わった闇遊戯が驚いてあたりを見回す。
「……え? オイ! どういうつもりだ?!」

「あれ?」

 思わず狼狽た遊戯の声に、杏子がいち早く気が付いて顔を出した。遊戯もすぐに杏子を見つけて、困惑した顔を向ける。

「よ、……よう。」

***

「……」

「…………」

「………………」

 目の前で待ち合わせをしてはお互いを見つけ合ってイチャイチャしながら去って行くカップルを、なまえはかれこれ10組以上見送っていた。

 約束の日に約束の場所で約束の時間の5分前に着いた。でも10時を過ぎても一向に遊戯は現れない。それが表の遊戯だろうが闇の人格の方の遊戯だろうがどっちでもいい。来てさえくれればあの髪型ですぐ分かるし、いざとなれば千年アイテム同士が反応するのですぐ分かるはずだ。

 そのはずなのに。

 千年秤は1ミリも反応しないし、あの目立つ髪型の男も見当たらない。時計は既に10時30分を過ぎていた。
「(もしかして来週だった……?)」

 なまえはあたりをもう一度見回してやっぱり遊戯が居ないのを確認すると、ため息をついて携帯を開いた。


「《おぉおぉ! なまえチャンか! 元気にしとったかいのぉ!》」
 電話越しにも女好きらしい顔が浮かぶ双六の声に、なまえは苦笑いをする。
「あの、遊戯くんいらっしゃいませんか?」

「《おぉ、遊戯なら出掛けとるよ。デートかのぉ、オシャレしとったぞい! アイツもスミに置けんな! ハハハハ!》」

 なまえの一気に顔色が変わった。途端に押し寄せる不安がその肩を抱く。
 まさか、と思っていた事が現実味を帯び、脳裏には炎の中で千年パズルを握り締めて離さない遊戯の姿が思い起こされた。

「遊戯───!」

***

「(やりにくいなぁ)」
 とりあえず近くのカフェに立ち寄って、杏子は遊戯と向き合っていた。
 杏子の希望通り、もう一人の方の遊戯が目の前に居る。それなのに、肝心の遊戯はテーブルに肘をついて外を見ているだけで、さっきから一言も喋らないのだ。

「あ、そうだ! ここ行ってみない?」
 話題を広げようと、杏子は昨日調べていた最新お出かけスポットを集めた雑誌を取り出した。
 端を折ってチェックしていたページを広げ、遊戯に差し出す。

「古代エジプト展! いま童実野美術館に来てるんだって〜」

「なんでそんなところに?」
 思った以上に遊戯のガードは固かった。だが素っ気ない返事にめげるわけにもいかず、杏子はいつもの調子で続けようとする。
「えっ……ホラ、このマーク。遊戯の千年パズルと同じでしょ! ってことは、そのパズルはエジプトと何か関係あるかもしれないじゃない?」

 大して返事をするでもなく、ましてその雑誌を見ているような目でもない遊戯に、杏子は困惑の色を隠せなくなった。

「あ……なんか、気にさわった?」

「いや、……アイツ、今日のデートの事を知ってたクセに、結局オレに譲って。アイツは人に気を遣って、自分の本音を隠しちまうところがあってな。」

「アタシを誘ってくれたとき、もう一人の遊戯のためにって、言ってたもんね…… でもきっと遊戯も、アナタの事が心配だったのよ。」

「人の心配してる場合かよ。オレが好きなヤツと、自分が好きなヤツを混同して、本当は誰が好きかってことも忘れちまってるクセに。」

「えっ、」
 杏子の目が揺らぐ。遊戯の目と同じ色をしたなまえがよぎった。不穏に胸を叩く心臓を抑えて、震えそうになる手をコーヒーカップに包んで誤魔化す。

「アイツはオレと同じさ。行き場所さえ迷っている。オレと一緒に居るせいでな。───オレは何者なのか、どこから来たのか…… これから進むべき道さえ分からない。」

 カップを握りしめる遊戯の手には不安が込められていた。杏子は自分の不安感を静かに取りこぼして、ただ目の前にいる遊戯を見つめる。
「(やっぱり今の遊戯は、いつもの遊戯と違う人格なのね。千年パズルの中に宿っていたっていう───……)」

「私だって、自分の行き場所なんてわからないよ。……みんなそうだよ。ホラ、私ダンサーになるのが夢だって、学校出たらアメリカに留学したいって、前にも話したよね。 こうしてる間にも確実にその時は近付いている。時間は限られてるんだよね!」
 杏子は立ち上がって微笑んだ。

「行こう遊戯! 街に出ようよ。今日の行き場所なんて、いくらでもあるって!」


- 163 -

*前次#


back top