「ねぇ、なにやろうか!」
 様々な音と光が反響しあう空間に杏子と遊戯は視線が定まらないでいた。
 デュエルモンスターズのぬいぐるみが入ったUFOキャッチャーに、ゾンビの群れを倒すガンシューティングゲーム、ズラリと並ぶ格闘ゲームの筐体…… その中でひときわ大きな画面を前に人だかりがあるのを杏子が見つけた。

***

 いつまで経っても伸ばされた手がなまえに触れる事はなかった。それどころか、肩を抑えつけていた圧迫感すら無くなっている。
 恐る恐る片目を開けると、滲んだ視界に青い背中が見えた。

「───! ブラッ……

 バッと両の目を開けると、もうそこに彼の姿はなかった。ただ打ちのめされた痛みに呻く男たちが足元に横たわっているだけ。
 バクバクと煩いほどに高鳴る心臓を抑えるように、そしてまだ自分を守るように彼が寄り添っているのだと知った事に、なまえは胸に手をやる。

 それでも、やっぱり少しくらい姿を見せてくれてもいいのに。

 ちくりと痛む胸を堪えて、なまえは千年秤を拾い上げるとそこから立ち去った。

***

 ゲームセンターのすぐ裏手、海を眺める海岸線のデッキで杏子は背伸びをした。
 夕陽は既に着水し海を赤く染め、東の空からは紫色の夜のベールがたなびいている。

「あ〜、楽しかった!」

 清々しいくらいに晴れやかな顔で笑う杏子の背中を遊戯が眺める。空と同じグラデーションパターンをした瞳には、星が降り掛かっていた。

「100円ぽっちのゲームでも、自分の夢にちょっぴり自信ついちゃったりするもんだね。」

 杏子はダンスゲームで勝負を挑まれ、卑怯にも何度ステップの邪魔をされようと完璧に踊りきってみせた。歓声が上がり、連覇をしていた相手を負かしたことで杏子にも自信が湧いたのだ。

「ああ。良かったぜ、杏子。杏子なら、きっと夢を叶えられるさ」

「遊戯……」

 夕陽が直接2人を照らす。長く伸びる陰に、杏子は胸の高鳴りの理由を気付き始めていた。

「あのね、遊───「遊戯!」


 木のデッキをバタバタと音を立てて駆け寄ってくる人が誰なのか、遊戯も杏子もすぐに気付いた。だがどちらとも声を上げられない。杏子はこのタイミングで割り込んできた彼女へのショックで、遊戯は今心に描いていた相手が突然現れたことで、ただ驚きのまま息を切らせて駆け寄ってきたなまえを見ていた。

 膝に手をついて肩で息をするなまえに、遊戯はやっと一歩踏み出す。

「なまえ! どうしてここに」

 息を整えるためハァハァと肩を震わせていたなまえが、俯いていた顔を上げるより前に違う感情で肩を震わせる。

「なまえ、大丈───

 杏子がそう言いかけたところで、ひどく乾いた音が言葉を遮った。


 遊戯はまだ自分が何をされたのか理解できていない。ただ、ジワジワと痛む頬となまえから外された視界に、ゆっくりと自分が思い切り引っ叩かれたのを知った。

「なまえ?」
 痛む頬を手で押さえ、驚いたままの表情でなまえを見れば、彼女はまだ肩で息をしたまま震え、ボロボロと涙を溢していた。

「な! なん……」
「最低……!」

 流石に杏子がなまえに飛びつき、一体何があったのかその目を覗き込む。
「なまえ! ちょっとどうしたのよ、急にやって来て……!」

「最低だって言ってるのよ! どれだけ心配したか分かってんの?! 時間になっても来ないし、お爺さんは時間通り出掛けてるって言うし!
  そしたらなに?! 私とデートの約束しておいて、杏子とデートしてたわけ?!」

 大きな衝撃が遊戯に走った。いつもあんなに大人しいなまえが、髪を乱して大泣きして怒鳴り散らしている。その目を見れば、なまえが本当に遊戯と約束した相手で、そして今日一日中なにをしていたのかも察した。

 分かっていなかったのは自分の方だ。相棒は最初から闇の人格の方の遊戯のためにデートの約束をとりつけていた。自分が好きな相手と、相棒が好きな相手を混同していたのは自分だった───

 千年パズルが大きく光り、愕然としていた遊戯から表の人格の遊戯に入れ替わる。

 心を大きく乱したもう1人の自分に、遊戯はやっと間違いが起きていたことを知って出て来たのだ。

「なまえ! ごめん、僕───
 言い始める前からなまえにバッグを投げつけられて遮られてしまう。完全にキレ散らかしてると悟り、遊戯は青い顔で震え、涙を浮かべた。

「なまえ、もうやめなさいよ! 遊戯が何したって言うのよ」
「杏子は黙ってて。」
「いいえ、黙らない!」

「黙れ!!!」

 千年秤を向けたなまえに杏子が慄いて一歩引く。だがそれより早く、遊戯が割り入って杏子を庇った。

「!」

「あ、杏子に、仲間に向けて良いものじゃない! なまえが怒るのも当然だ! でも、友達にそれだけはやっちゃいけない!」

 千年パズルがチラリと光る。千年秤が静かに鼓動するのを手の中に感じた。自分の怒りが千年秤を通して増長し、自分が何をやっているか分からなくなっている。表の人格の遊戯の、怯えながらも杏子にだけは手を出してほしくないという姿に、なまえは自分が恐ろしくなって膝が震えた。

 大きな金属音と共に、ウッドデッキの上に金色の反射光がぶち撒けられる。
 遊戯となまえの瞳が重なり、世界は赤と紫に隔てられた。

「杏子、ごめんね。今日はここで帰ってほしいんだ。」

「え……、う、うん。」
 表の遊戯が振り返って申し訳なさそうに少し笑う。杏子も踏み込めない領域だと察して、素直に頷いた。

「ごめんね、また明日ね」
「うん、また……」
 チラリとなまえを見る。彼女は静かに足元に転がる千年秤を見つめ、その手を抱いて震えていた。

 杏子は何も言えずその場を後にした。せっかくの遊戯の初デートを壊されて、なまえへの不信感が募る。

 太陽はまぶたを閉じ、空は紫色から濃紺へと色を変え始めていた。


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