家に着くと、ガレージに舞のオープンカーが停まっていた。先に帰っていたのだろう。朝のうちに鍵とセキュリティカードのスペアを渡しておいて良かったと少しホッとする。

「ただい───

 物音のするダイニングを開け放つと、長い金髪をひとつに縛ってキッチンに立つ、エプロンをつけた背中に息が詰まった。肩に軽く掛けていたショルダーバッグが床に転がる。

「(───……お母さん、)」

「アラおかえり!」

「……! た、ただいま」
 その音に振り返ったのは舞だった。なまえも小さく震えた肩をやり過ごすようにバッグを拾い上げ、反対の手で抱えていたデュエルディスクディスクの大きな箱をテーブルに置く。

「こんな時間まで遊び歩いてたの? まったく、……ちゃんと手ぇ洗ってきな。ごはんできてるわよ? レトルトだけど。」

 そう笑ってまたキッチンに向かう舞の後ろ姿をなまえはもう一度見た。あまりに静かななまえに舞が眉をひそめて振り返ると、どこか泣きそうな顔をしたなまえにギョッとして駆け寄る。

「ちょっとどうしたのよ! レトルト嫌いだった? それとも海馬にまた何か言われたの? あーもぅ大丈夫よ、アタシがシメてあげるから───」
「あっ、ち……違うの、なんでもないから……!」
 すっ飛んできて矢継ぎ早に言葉を浴びせる舞になまえは恥ずかしくなって顔を覆う。それでもお姉さんよろしく頭を撫でる舞に、つい心からの言葉が溢れてしまった。

「……舞さんの髪、お母さんに似てて、」

 ハッとして口を覆う。少し失礼だったかもしれない、そう思って恐る恐る目を上げれば、舞は優しく微笑んで「そっか」とだけ返した。
「あ……、」
「でもアタシはそこまでトシじゃないゾ〜!」
 ギューッと力強く首を抱き締められ、「うりゃうりゃ!」と戯れ合う。解放されたと思えば脇腹をくすぐられたり、頬を伸ばされたりして大笑いしたあと、お湯が吹きこぼれて2人で慌ててキッチンに駆け込む。

 パッと顔を見合わせて、どちらともなく大笑いした。

「さ〜ごはんごはん! ホラホラ、アンタは手ぇ洗う! もー面倒だからここでいいでしょ」
 背中を押され、キッチンの水道の蛇口を捻る。舞はお皿を出して炊飯器の蓋を開けた。

***

「アタシもね、……小さい頃に両親を亡くしてるのよ」

 レトルトのカレーを囲んだあと、お皿をシンクに置くだけおいて、2人はお風呂に入っていた。昨日は断ったけど、今日はなんだか根負けしてしまったのだ。
 洗い髪を適当にまとめバスタブに両肘を乗せる舞がそんなことを告白して、体を洗っていたなまえの手が止まる。

「そう、だったんですか」

 顔を逸らしてまた手を動かすなまえに、舞は息をつきながらバスタブのアールに任せて体を伸ばし、真っ白な蒸気に満ちる天井を見上げた。
 正面の鏡に写る自分を隠すようになまえはシャワーの蛇口を捻る。金属音に合わせて強まる水圧に泡が流されて、胸のアザが露わになった。

 タオルでそこだけを隠して立ち上がると、舞もお湯の中で座り直して手招きする。なまえは素直に甘えてバスタブに足を入れ腰を下ろした。

 体を収めたことで越水したお湯が洗い場にまで波を起こす。
「なんとなく、アンタは私に似てる気がしてた。だからこそアンタと闘って、デュエルクイーンの称号を奪いたかったのかもね」
「……もう、私はクイーンじゃないわ。今は遊戯がキングだもの」

「そうね、……私も遊戯に負けたときは悔しかった。でも、全てが終わったわけじゃない。私たちはまた遊戯や、もっと大きな高みを目指せるスタートラインに立てた。アンタだって、女デュエリストの中では1番なのよ? もっと堂々としなさいよ。倒し甲斐がなくなるじゃない」

「あはは……」
「なぁに? あ、ホントは余裕ぶってるでしょ」
 困ったように笑うなまえの頬をまた舞の指が摘む。
「へぇー、もほー、いひゃいっへば」

 ひどく救われた気がした。舞さんは私と同じ辛さを経験している。……だから、私をどうすれば救い、慰められるのかを知っているのだ。
 思いがけない事ばかりが続いている。こんなに幸せを誰かから分け与えられ続けていいのか不安さえ感じる。

 失う恐怖を知っているからこそ心に蓋を閉めて不安を抱えてきた。それでも今は、素直に舞さんに甘えてみようと思えた。

 いつか海馬にも、素直にこうして甘え合うことができるだろうか。

***

「うーん……」
 ブーン…… ブーン……
「うー……」
 ブーン…… ブーン…… ブーン…… ブーン……

「───は!」

 目を開けると、舞の胸に抱かれていた。
「(はわわわわわわわわわわわわ????)」

 めっちゃ苦しい。でもそれ以上に、同性とはいえ目を白黒させるほどの状況に言葉を失う。
「(や、……柔ら……あったか……、ふわ、待っ……これはダメなやつ……!!! ウゥッ スベスベぇ……!)」

「うーん、なぁにぃ……? もぉ朝ァ?」
 ゆっくりと起き上がる舞に体を解放され、なまえはパッと距離を取る。その間にも鳴り続ける携帯のバイブ音に舞は目を擦りながらその音の正体を探した。

「鳴ってるわよ?」

「エッ アッ ハイ、出マス」
 ギクシャクするなまえに舞は寝ぼけた頭で「?」と首を傾げるが、その顔は3分と経たずにいつものギッとした目つきに変わることとなる。

「───! 城之内が、行方不明?」
「!」

***

「遊戯!」
「なまえ! 舞さんも!」
 まだ陽も登りきっていない早朝の公園、その前に舞が車を停車させた。
 そこへ杏子が走ってくると、本田もバイクでやって来た。

「城之内が行方不明って本当なの?」
「うん」
「あのバカ! 何やってんだ」
 舞の問いに遊戯が頷くと、本田はヘルメットを片手にバイクから降りる。杏子が「どうしたの? ソレ」と指差すと、本田は「先輩から借りて来たんだ」と答えた。

「町中探すならコイツの方が早いからな」
「そうね。アタシの車だと車道から見える範囲しか探せないし」
 舞はエンジンをふかしたまま窓枠に肘をかける。左ハンドルのオープンカーを前にして興奮できないほど、本田は焦っていた。

「城之内君が静香ちゃんの病院に行かないなんて考えられないよ!」
「まさか、アイツの身になにか……」
「執刀する先生は、別の手術のためにアメリカに行っちゃうらしいんだ。お昼までに手術を始めてもらわないと」
「静香ちゃんは城之内が居ないと、不安で手術をうけられないって…… 時間がないわ」
 杏子が腕時計を見る。舞となまえは顔を見合わせて頷いた。

「よし、手分けして探すぜ!」


 遊戯はビル街、なまえは住宅地、杏子は倉庫街を走る。舞は病院までの道を車で走らせ、本田はバイクを電車やバスのルートに走らせた。

「城之内……!」


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