「遊戯の他に、エグゾディアのパーツカードを持ってるヤツが……?!」

 病院へ向かう途中、城之内はグールズのレアハンターを名乗る男からデュエルを挑まれ、エグゾディアの前に敗れた。
 エグゾディアといえば遊戯の祖父、双六が苦労して揃えたほどの幻のレアカード。さらにそれを手札に揃えるなど、遊戯ほどの選ばれたデュエリストでないと使いこなせない代物だ。

 まさかそれを使って敗北に追い込まれたことに、城之内は信じられないといった様子で、目の前のレアハンターが本当にそれ程のデュエリストなのかと目を見張る。

「確かに、エグゾディアのパーツカードは全て通常では手に入らないレアカードだ。だが私のデッキには、それかせ全て3枚ずつ入っている。
  我がグールズの手にかかれば、レアカードなぞいくらでも複製することができるのだからな!」

「な……! きたねぇぞ!」
 やはり遊戯達のようなデュエリストなどではない。それを知った城之内が食い下がるが、大男3人に囲まれて勝ては力でも勝てる見込みがない。

「必勝こそが我々グールズの掟。デュエルに勝利し、レアカードを手に入れるためならばどんな手段でも使う!」

「なんだと、貴様ら……!」
 にじり寄る男達の陰に城之内が飲まれていった。

***

「城之内、アンタ本当に───」

 海沿いの道を走らせていたところで、浜辺に座り込む背中が舞の目に入り込んだ。後続車両も気にせず急ブレーキを踏み込むと、勢いのままドリフトさせて浜辺に降りる下り坂に車を突っ込んだ。


「すまねぇ、静香……」

 もの悲しい波の音にそう呟くと、凄まじいブレーキとタイヤのスリップ音が城之内の背後で鳴り響く。驚いて顔を上げると、猛スピードで迫ってくるオープンカーが砂を巻き上げて突進して来た。

「う、うわ───

 轢かれる! と身構えた瞬間に車が横向きに滑ってきて目の前に止まった。勢いで思い切り砂を掛けられて城之内は咽せながら口に入った砂を吐き出す。

「城之内!!!」

「ま、……舞!!!」

 車のドアも開けずに立ち上がって運転席から飛び出た舞に、城之内は呆けた顔をする。
「なんで舞がこんなところに……」

「ハァ?! それどころじゃないでしょ?!」
 胸ぐらを掴んで引き寄せる喧嘩腰の舞に城之内がムッと顔を顰める。

「アンタ、妹さんの手術に立ち会うってのはどーしたのよ?!」

 城之内は舞の腕を払うと、居た堪れなくなりその場に膝をついた。城之内らしくないその態度に、舞も少し自分を抑えて向き合う。
「城之内、何があったのよ?」

「……昨日、病院に行く途中でグールズってヤツらが現れて……」
「グールズ?! あのレアカードハンターの闇組織の?」
「あぁ。……そいつらに挑まれた勝負に負けて、オレは───……! オレはレッドアイズを奪われちまったんだ!」
「な……!」

 舞は同じデュエリストとして、カードを、……とくに大切なモンスターカードを奪われた城之内の気持ちは痛いほどよく分かった。だがそれよりも、舞は家族の事に目を向けなければならないと知っている。

 自分にその家族が居ないからこそ、尚更に。

「立ちな城之内。今はカードより、病院に行かなくちゃ───」
「うるせぇ!!! オレにとってレッドアイズは、勝利を支えてきた大事なカードなんだ! それをオレは……」

「───ッ いい加減にしな! ここでグズグズしてたって、カードを奪った連中が謝ってカードを返しに来るワケじゃないんだよ!
  アンタの妹さんはね、城之内が来ないから不安で手術を受けられないって言ってるんだよ? アンタが大事な時に側にいてやれないでどうするのよ?!」

「静香───…… ッ、ダメだ、今のオレじゃ、静香を励ますことなんて……」

 重い痛みが城之内の頬骨に撃ち込まれる。勢いで城之内はその場に尻餅を着いた。
 舞も痛そうに握り拳を開いて手を振った。

「アタシはね、……アンタにもう一度会えると思ったから、このバトルシティへ来たのよ。アンタや遊戯みたいに、カードを通して人の絆が強くなるデュエルがしたかったから─── 私もそうなりたいと思ったから! そんなデュエリストに、アタシは憧れたから!」

 涙が出そうになるのを必死に堪えて、舞は痛みの引かない手で城之内の襟を掴んで引き上げた。

「なのにアンタは! そのカードのせいで、たった1人の妹との絆を失うつもり?!」

「───! 舞、……!」

***

「もう時間が……」
「クソ! あいつ……!」
 なまえと本田が落ち合ったところで、なまえは荒い息を整えながら携帯の時計を見る。本田がバイクのメーターを殴ったところで、すぐ横の車道を見覚えのあるオープンカーが制限速度も守らず走り抜けた。

「───! 今の!」
 助手席に座っていたのは城之内だった。

「城之内! よし、オレも!」
「えっ、ちょ、ちょっと……!」
 本田もヘルメットを被り直すと、なまえを置いてバイクを走らせ追いかけて行ってしまった。

***

「杏子!」
「遊戯! どうしよう、みつからない───」
 遊戯と杏子も落ち合うと、杏子の言葉を遮るようにバイクのクラクションが鳴った。

 振り返るよりも先に舞のオープンカーが走り抜け、そのあと本田のバイクも走り去る。

「城之内君! 舞! 本田くん!」

***

「残念ですが、本人の同意がなければ手術は……」
「そんな、先生!」
 静香が中から鍵をかけた病室の前。ドアを叩いていた城之内の母親に、医者は背を向けた。

「ちょっと待ってくれ!」

 大きな声に看護師含め全員が振り返る。そこには肩で息をする本田と舞、そしてボロボロの城之内が立っていた。

「か……克也、」
「母さん。オレに話させてくれ」


 ベッドの上で静香は膝を抱えて俯いていた。ドア越しに、心から待っていた声が掛けられる。
「静香!」
 勢いよく顔を上げてドアに飛びつきそうになるが、窓からさす日の光にぐっと唇を噛んで堪えた。

「静香、手術を受けるんだろ? ドアを開けてくれ」

「イヤよ! お兄ちゃんの嘘つき! ……なんで来てくれなかったの? なんで側にいてくれなかったのよ、……私、ずっと怖くて……怖くて」
 溢れる涙に顔を覆う。夜の間中、ずっと兄が来てくれるのを待ち続けていた。いまやっと来てくれて嬉しい気持ちよりも、放っておかれた寂しさや悲しさが先に溢れて止まらなかった。

「ごめんよ、……オレ、昨日ここへ来る途中すごくイヤな目にあって…… 頭の中が真っ白になっちまって、自分のことしか考えられなくなっちまってた。……オレはダメなヤツだ。

  でも仲間がオレを助けてくれた。ずっと探し続けてくれて、お前のことを知らせてくれた。ソイツがまたオレを立ち上がらせてくれたんだ。いちばん大切なのは、人と人との絆なんだって思い出させてくれた。……苦しいことや嫌なことがあっても、自分を心配したり、必要としてくれる人のことを忘れるようじゃダメだったんだ。

  ゴメンな静香。オレはそのことを忘れそうになった。でもお前にはそうならないで欲しいんだ。───いつだって、お前にはオレとお袋がついてるからよ。」

 鍵が開けられる音が響いた。
 ゆっくりと開かれたドアを挟んで、泣き顔の静香が城之内と向き合う。

「静香、」
「お兄ちゃん!」

 その胸に飛び込む静香を、少し離れて本田と舞が見守っていた。

***

「ホント?! 手術は成功したんだね!」
 電話を耳に当てて顔を明るくする遊戯に、杏子となまえが手を取り合って喜ぶ。

『ありがとう遊戯』
「……城之内君、事情は聞いたよ」

 公衆電話を前にした城之内の表情が曇る。その脳裏には、コピーカードでデッキを不正に強化したグールズの姿が浮かんだ。

『遊戯、今度のバトルシティ、かなりヤバイぜ。気を付けろ、ヤツら───…!』
 そこまで言って、城之内は口を噤んだ。

「……どうしたの? 城之内君」

『いや、……なんでもねぇ。じゃあ、バトルシティで会おうぜ』
 そう答えて城之内は受話器を下ろした。そこまで長話にならなかったためか、返却口にコインが落ちる音が響く。

 電話の向こうの城之内に違和感を覚えながらも、遊戯は受話器を下ろして杏子とガールズトークに花を咲かせるなまえに目を向けた。
「(グールズ…… いったいどんなヤツらなんだろう)」


 城之内も待合所の椅子に座る舞を見て、拳を握りしめた。
「(オレはもうくよくよしねぇ。……レッドアイズは─── 必ずこの手で取り返してやる!!!)」


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