「フン、……大会最初のデュエルはこの2人が制したか。オレもこうしてはおれんな」
「兄さま」

 画面に映された2つのデュエルの勝利者の姿に、海馬は疼く闘争心を堪えて不敵に笑った。見上げるモクバにまたフッと笑うと、踵を返してモニタールームを後にする。

「バトルシティにくりだすぞ!」

 その兄の後ろ姿にモクバもパッと顔を明るくした。
「よ〜し、オレもバトルシティ運営委員長として、町を見回るぜ!」
 海馬を追いかけようとしたところで「アッ」と足を止め、モクバはオペレーターたちに向き直る。

「お前ら神のカードが見つかったら、真っ先に兄さまに知らせろよ!」

***

「パズルカードとレアカードや」

 竜崎は悔しそうではあるが、素直にその2枚をなまえに差し出した。なまえは竜崎の手からパズルカードだけを抜き取って背を向ける。

「な……」
 自分の手に残った《エビルナイト・ドラゴン》を驚いたような顔で見る竜崎を気にするでもなく、なまえはパズルカードを腰のデッキケースに仕舞い込んだ。

「……いらない。私、そのカード持ってるし」

 嫌味ったらしい言い方に竜崎がムスッとした顔を向ける。確かにエビルナイト・ドラゴンは大会賞品として配られたカード。竜崎が持っているということは、この女が持っていないわけがない。

「だから、ちゃんと大事にしてあげてね」
「……! お、オイ……!」

 それだけ言って顔を見せもせず去っていくなまえに、竜崎は茫然とそこに立ち尽くした。ツンケンして冷たい女だと思っていたあのなまえが、「大事にしてあげて」とこぼした言葉にだけカードへの深い愛情を見せたことに竜崎は驚きを隠せない。

「……アイツ、」
 波が引くように観衆がなまえに道を開ける。デュエル中のなまえの挑発を聞いていた他のデュエリスト達の中にも彼女を呼び止めて挑もうとする、闘争心ある者はいなかった。

 路地裏の物陰からなまえを眺めていた黒いフードの男達を除いて。

***

「ルール通り、城之内君のレッドアイズとパズルカードは渡してもらうぜ!」

 ショックのあまりその場に仰向けになったまま天を仰ぐレアハンターのデュエルディスクから、遊戯はデッキとパズルカードを取り上げる。
「やったな、遊戯!」
「ああ!」
 観戦していた城之内が駆け寄ると、遊戯はレアハンターのデッキを広げて《真紅眼の黒龍レッドアイズ・ブラック・ドラゴン》のカードを抜き取った。

「───負けた、私が……私の最強のデッキで負けた」

 フラフラと立ち上がるレアハンターに城之内と遊戯が後退する。尋常じゃない雰囲気に「なんだ」という間も無く、男は叫び声を上げて頭を抱える。

「助けて! 来る、来る─── うわぁァァァァ!!!」

「遊戯、アイツ様子がおかしいぜ」
 城之内が顔をひきつらせる。だが遊戯は男の額に現れたウジャド眼の輝きに、城之内が見て取るものとは違う驚異を感じ取って身構えた。

「(千年アイテムの紋章か───!!!)」

***

 千年秤がチリッと熱く感じた。違和感に振り向いても、ただいつも通りの雑踏が広がる街だけ。
「……?」
 感じたことのない力か、───いや、違う。私はこの力を知っている。

 なまえの脳裏に火の海となった廃工場の光景が広がった。
 そう、あの時キースの陰に潜んでいた闇の力───!

「(どこから?)」
 スッと視線だけで辺りを見回す。だが反応はまだ小さい。そんなに近くはないだろう。

 服越しに胸のあざへ触れ、なまえは熱を帯びているのが千年秤だけではない事に気がついた。思わず手をやった胸部に顔を下す。途端にざわめく心に鼓動が高なった。

 これを「嫌な予感」と言うべきだろうか。
 始まったばかりのバトルシティ大会と、それに迫り来る千年アイテムの新たなる闇の鼓動。
 なまえは胸にやった手を握り締める。

 もう1人の遊戯の失われた記憶、そこに私は何を知るのだろう。

 顔を上げたメインストリートの先、ビル街の中に海馬コーポレーションのビルが見える。海馬と共に思い出すのは、あの石盤に描かれた白き竜を従えた若き神官、対峙する黒き魔術師を従える王のレリーフ。そして心の臓を自らの手で捧げる王女の姿、3枚の神のカード。千年アイテム。

 重くなる瞼になまえはため息をつく。
「(もう絶対徹夜なんかしない)」

 回らない頭で再び街の中へと足を進めた。

***

「『久しぶりだね、遊戯…… ペガサスを倒した最強のデュエリスト』」

 なまえが遠くで感じ取った闇の気配。その根元はいままさに遊戯と城之内の前に現れた。
 意識をなくしてただ糸で吊るされた人形のよう佇むレアハンター。その声とは違う声が遊戯に降り掛かる。

「『今キミが話しているのはレアハンターの中でも最弱の男。我がグールズ本来の力はこんなもんじゃないよ』」

「オイ…… コイツ何言ってんだ?」
 冷静に訝しむ城之内に、レアハンターを操る陰は鼻で笑った。

「『おっと、驚かせて悪かったね。いま話しているのはこの男じぉないんだ。……僕はそこから少し離れた場所にいるんだけど、この男には僕の記憶を植え付けてあるから気が向けばいつだって思うままに操れるのさ!』」

「お前は一体……!」

「『僕もキミと同様、千年アイテムに選ばれた者だよ。全ては僕の持つ《千年ロッド》の力だ』」

「(千年ロッド───?!)」

 遊戯にイシズの言葉が蘇る。未来を見通せると言った千年タウクによって与えられたその予言、新たなる敵の存在───
 『まもなくあなた方の前に現れる敵、……その者こそ新たな千年アイテムを持つ者!』

「『この余興は僕のほんの挨拶がわりさ』」

 イシズを思い出していた遊戯に、不適に笑う男の声が冷や水を浴びせた。地の底を這うような笑い声に遊戯の眼光はさらに鋭くなる。

「『僕の名はマリク。───マリクだ!』」

「マリク! 貴様らグールズの狙いはなんだ!」
「『フッ、……神のカードを揃えることさ。現代に蘇った3枚のレアカードをね』」
「神のカード……?」
 遊戯にあの石盤のが過ぎる。なまえに似た王女と共に描かれた3枚のカードのレリーフ…… その中央に掘られた千年パズル。

「『古代エジプトにおいて王にのみ許された絶対権力の象徴、そしてその力の権化─── それこそがあの3枚の石盤。《オベリスクの巨神兵》《オシリスの天空竜》《ラーの翼神竜》。
  それら全てを手にした者こそが《ファラオの称号》を与えられ、世界をも征服できる力を得ることができるのさ。

  フッ…… 既に我がグールズは2枚のカードを所有している。そして残る1枚は、この街にいる何者かの手に握られているというわけだ。

  遊戯。ゲームはまだ始まったばかりだ。この街のどこかに神のカードを持つレアハンターを潜ませてある。……そいつに出会ったら遊戯、キミの腕をもってしても瞬殺だよ』」

「そうはいかないぜ。ファラオの称号も、世界を征服する力も、お前のようなヤツには渡さない!
  たとえ神のカードを持ったレアハンターがオレの前に現れようが、オレは負けない!!!」

「『フフフ…… それは頼もしいかぎりだ』」
 いま千年パズルと千年ロッドの闇が交わる。遊戯とマリクは闇を通じて対峙していた。

「(オレはこの戦いの果てに自分自身の記憶を取り戻す!
  マリク…… 貴様の持つ千年ロッドがオレを闘いに呼んだのだ! オレは必ず、貴様を倒すぜ───!)」



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