「気絶してやがる。……人を操る力か─── マリクって野郎はどこに潜んでいやがるんだ?」

 マリクの手を離れたレアハンターは、まさしく糸の切られた人形のようにそこへ転がされた。遊戯ももうこの男から闇の力の支配が去ったことを感じて息をつく。そして城之内に向き直った。

「城之内君、これはキミのカードだ」

 差し出された真紅眼の黒龍レッドアイズ・ブラック・ドラゴン。それを眼前にして、城之内は自分の気持ちを振り払うように首を振った。

「遊戯…… いまそのレッドアイズを受け取ることはできない。今そのカードを簡単に受け取っちったら、オレの求める“真のデュエリスト”ってやつが、更に遠退いちまうような気がするんだ。」

「真のデュエリスト……」

「遊戯、お前はオレの理想とする真のデュエリストに、いちばん近い存在なんだ。……オレはデュエリスト・キングダムでお前と闘って、どこか追いつけた気になってた。
  だがそれは自惚れだった! お前は卑怯な相手に、自分を曲げることなく正々堂々と闘った。その姿に、オレはまた多くを学んだんだ。

  ───オレにはなかった、デュエリストのプライドをな。

  確かにレッドアイズは、オレにとってかけがえのないカードだ。これまで一緒に戦ってきた相棒だ。だからこそ今は受け取れねぇ。……いや、今のオレじゃレッドアイズが許してくれねぇ! だから遊戯、そのカードはお前が預かっておいてくれ!」

「城之内君……」

 城之内はホルダーからデッキを取り出した。手の中でパラパラと広げる中に、遊戯は目を止める。
「今日の大会に備えて、一応40枚デッキは用意してきた。パズルカードもあるし、オレにはまだ遊戯がくれた《時の魔術師》のアンティカードがある。……オレにとって最後のレアカードがな。

  オレは自分の理想とする真のデュエリストになりたい! いや、このバトルシティで必ずなってみせる。オレが大会を勝ち進んで自分を真のデュエリストと認められる時が来たら…… その時は、遊戯。もう一度オレと闘ってくれ!」

***

「……」
「…………」

 なんとなく曲がった街角の辻。なんとなくというか、この先によく寄り道するアイスクリームショップがあるからつい体が道を曲がっちゃったっていうか。
 とにかく、曲がった先で海馬が待ち構えていた。

 お互い無言で見つめ合う、……というよりは睨み合う。
 幸い人通りの少ない路地寄りのお陰で、まだ誰も「あの海馬瀬人が」ここに来ているなんて気付いていない。正直ここでデュエルを申し込まれたくはないが、海馬ならそんなこと言い出しかねないとなまえは警戒した。

 そんななまえの心情を知ってか知らずか、海馬は長めに鼻で笑うと目を細める。
「貴様の行動は読みやすい。どうせこの先のアイス屋に寄る癖が出んだろう」
「え、」
 なんで知ってるの。そう言いかけて口を噤んだ。言い当てられたことを認めるのはなんとなく悔しい。

「……ていうか、私の行動パターンはおいといて、なんで現在地がわかったのよ」
 訝しむなまえの目に海馬が顔を逸らした。こういう時は大体海馬の方が黒に近いグレーゾーンのやり方をしていると、この数週間で随分と勉強させてもらている。
「……海馬?」
 罪を早く吐いちまえ。そう脅す声色に臆する男でもないのだが、そう責めずにはいられない。気恥ずかしい気持ちに感づかれたくなかったからだ。
「貴様には関係ない」
「ハイそうですか」
 でもやっぱりここで問答を繰り返すだけムダ。諦めて海馬の横を過ぎようとしたところで、なまえは腕を掴まれる。
 海馬の横を通って無事に通してもらえた試しがない。次からは背を向けて全力ダッシュしよう。
そう心に誓ったところで、裏路地から大きなホイッスルが鳴り響いた。

***

「こんなクソカードじゃ俺様のレアカードと釣り合わねぇんだよ!」
「で、……でも、デュエルを始める前は、このアンティカードで納得してたじゃないか」
 裏路地のビルの壁面。暴力を受けて追い詰められた少年が蹲っていた。いかにもチンピラめいた男が勝ったことをひけらかし、大声で喚き散らす。
「気が変わったんだよ! 負けたやつは勝ったやつの言うことをなんでも聞かなきゃならねぇんだよ!」
「そんな、……」

 大きなホイッスル音が2人の言い争いを遮った。

「警告!」
 ホイッスルを鳴らした張本人─── モクバが、いかにも兄譲りらしく腰に手を当て堂々とそのチンピラらしいデュエリストを見上げる。
「なんだ? このガキ」

「オレは大会運営委員長の、海馬モクバだ。大会においてのトラブルを速やかに解決するのが現場責任者であるオレの役目だぜ」
「オレのルールに口出しするんじゃねぇ!」
「ルールを守れないヤツに、デュエリストの資格なんてない!」
「なんだとこの───…」

「フン…… さもしいデュエリストめ」

 モクバに気を取られていた2人のデュエリストがその声に振り返る。挑発とも取れる言葉に喚きかけた男は、背後に立っていた2人のデュエリストの顔を見て「ウッ」と肩を竦めた。

「か、海馬瀬人と、みょうじなまえ……!」

「兄様! なまえ!」
 パッと顔を明るくするモクバと反対に、チンピラの男の顔は引きつる。
「オレの弟を侮辱することは、海馬コーポレーションを侮辱するに等しい。……それなりの覚悟はあるんだろうな?」
 眼光鋭い海馬の横顔をなまえが見上げる。海馬の口ぶりにチンピラの男も違和感を感じて「どういうことだよ?」と聞き返した。

「たった今、お前にデュエルを申し込む!」
 手に提げていたアタッシュケースを開いて男の前に放る。一面に並ぶレアカードに男は食らいついた。

「ただし、そのケースのカードを使い、お前のぬるいデッキを強化してから闘うのが条件だ」

「(なに考えてるの、海馬……)」
 黙りこくって見上げるしかできないなまえの視線に海馬はめを合わせる。そして鼻で笑ったところで、なまえは背中にゾクリとしたものが走った。

***

 遊戯は雑居ビルの屋上から、城之内とエスパー絽場のデュエルを眺めていた。

「(超能力っていうから、グールズのレアハンターかと思い来てみたが……)」

 密接して並んだ隣のビルの屋上に目を向ける。城之内が相手をしているエスパー絽場というデュエリストを量産したような幼い兄弟たちが、双眼鏡と無線機を使って城之内の手札を通信しているようだった。
「《ランドスターの剣士》の下に、サイコロのカードが見えるぞ」
「大きいあんちゃん、《天使のサイコロ》のカードが見えるって」

「(どうやら違ったようだな)」
 眼下では絽場に手札を言い当てられて慄く城之内が、デュエルディスク開始早々に窮地へ立たされている。だが遊戯は黙って、また不正を働くその兄弟たちに目を向けた。

「(城之内君が真のデュエリストなら、必ずこのトリックに気付くはず)」

***

「アンタのレアカードのお陰で、最強のデッキが組めたぜ! カードは力だ! 負けは100%ないぜ!」

 意気がるチンピラ男を前に、海馬が静かに笑う。千年秤を見るまでもない。なまえにはもう結末が見えていた。

「フン…… 貴様に神を見せてやる。力とは、こういうことだ!」



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