「もぅ、みんなどこにいるのかしら?」
「歩いて捜すとなると、童実野町も随分と広いからのぅ」

 メイン通りをある程度見渡す事ができる歩道橋の上、杏子と双六が漠然と遠くを眺めている。そんな2人のぼやきを聞き流しながら、本田は歩道を走っている見覚えのある2人に「ん?」と眉をしかめた。

「そうでもねぇぜ」

「え?」
 杏子と双六も本田の視線の先を辿る。城之内と、少し遅れてなまえが走って追いかけているのは、デュエルディスクを抱えた少年だった。

「「「デュエルディスク?!」」」

 すぐに動いたのは本田だった。歩道橋の階段を半分も駆け下りたところで、少年の行く手を阻むように飛び降りる。そこで怯んだ少年を捕まえた。
「本田!」
「うぅっ 放せ!」
 足を止めた城之内になまえもやっと追い付く。朝っぱらから全力で走らされて顔色が悪い。

「てめぇらいったい何やってんだよ」
「それはこのガキに聞いてくれ」

***

「ごめんなさい」

 噴水横のベンチに座らされて、少年は素直に謝った。
「僕、本当は敵討ちがしたくて…… 僕、デュエルを見に来たんだけど、さっきこの先の公園で持ってたレアカードをむりやり……」
「……」
 少年がチラッと顔を上げた先でなまえが無言で見下ろしている。圧力を感じたのか彼はすぐに顔を下げてさらに萎縮した。
「と、とられちゃって……」
「なんだと!?」
 城之内が真っ先に反応した。
「それで僕、ソイツにデュエルで仕返ししたくて」

「だからといって、人のディスクを盗むのは感心せんのぅ。それではキミもソイツと同じになってしまうぞい」
「ごめんなさい……」
 諭すような双六の言葉に少年はうなだれて見せる。千年秤が反応しないのを感じて、なまえはとくにグールズとかの仕業ではなさそうだと息をついた。

「しかし誰だ、そんなことする奴は?」

 レアカードの強奪という苦い経験のある城之内だけは放って置けなかったらしい。少年は城之内を見上げると素直にその特徴を話し出した。
「えっと、……ヘンテコな丸メガネに坊ちゃん刈り、目つきが悪くて、ヒョヒョヒョーって変な笑い方をするんだ」

「「「インセクター羽蛾?!」」」
 声を揃える城之内、杏子、本田になまえがたじろぐ。

「あのヤロウ、懲りずにまだセコいマネやってんのか」
「許せねぇ…… 決めたぜ。オレの次の相手はインセクター羽蛾だ!」
 息巻く城之内の後ろでは、杏子となまえが少し不安そうな目で見ている。
「この先の公園だったな!」
「うん」
 そんな周囲の視線も知らずに、城之内は本田を引き連れて駆け出した。

「城之内! 本田!」
「ちょっと待ってよ!」

 なまえと杏子がそれを追って走り出すと、その背中を少年が見送る。
「頑張ってお兄ちゃん!」
 次に「へっ」と笑った少年の顔が歪んでいるとも知らずに、4人は公園へ向かった。

***

「さぁ、もう出てきてもいいわよ」
 病室のベッドを起こして座っていた静香がそう言うと、物陰から少年が顔を出す。

 看護師から逃げてきたこの健太という少年が部屋に入って来たのには気付いていたが、静香は看護師から聞かれても知らないふりをして彼を庇ったのだった。

「へへ、バレてたか」
「これでも人の気配はよくわかるのよ」
 いたずらっぽく笑う健太に静香も微笑み返す。包帯で目元を覆われた静香をまじまじと覗き込むと、健太は照れを隠すように手を頭の後ろで組んだ。
「でも、どうして黙っててくれたの?」
「困ったときはお互い様でしょう? それに、私もあの看護婦さん苦手なのよ」
 静香もいたずらっぽく舌を出して笑って見せると、健太もやっと心を許して笑った。

「それじゃあ僕もお姉ちゃんのために何かしてあげるよ。何がいい?」

「そうね…… じゃあパソコンに出ていること、私に教えてくれない?」

 静香のベッドに付けられたテーブルの上、そこには一台だけノートパソコンが広げられていた。健太が画面を覗き込む。
「これってバトルシティのホームページ?」

「そこにお兄ちゃんが出てるの」

***

「キミと出会えるのを楽しみにしていたよ。ヒョヒョヒョ」

 少年が言っていた公園。そこに待ち構えていたインセクター羽蛾に出会うなり、城之内がさっそく噛み付く。
「出やがったなインセクター羽蛾! テメェ子供を脅してレアカードを分捕っただろう!」

「(チッ そんなこと言ったのかアイツ)」

 舌打ちをする羽蛾だったが、城之内がゾロゾロと連れている仲間の中になまえを見つけるなり顔色を変える。
「ヒョ?! な、なんでみょうじなまえがこんなヤツと一緒に……!」

「なによ、問題でもあるわけ?」
 あからさまに人を蔑むような目をしたなまえに羽蛾の様子が辿々しくなる。
「とっ とんでもございま……ゲフンゲフン、いや、なんでもないさ! 女王様にもいずれは仕返ししてやろうと思ってたけど、今は城之内! お前だ!」
「いいぜ。テメェのデュエル、受けてやる!」
 なまえを退けて前に出る城之内を杏子が引き止める。
「ちょつと城之内! こんなヤツと闘うことないわよ。コイツは遊戯のカードを海に投げ捨てた卑怯者よ?」

「ヒョヒョヒョ、印象悪くてもキミみたいな可愛い子に覚えてもらってるなんて光栄だなぁ」
「うぅッ……」
 怪しく笑う羽蛾に杏子にゾクゾクっと冷たいものが走る。
「フフフ、どうだ城之内。パズルカードとレアカードを2枚ずつ賭けようじゃないか。そして城之内を片付けたらなまえ、次はお前だ!」
 指差されても面倒くさいと言わんばかりに顔を顰めるなまえ。だが杏子と本田は神妙な面持ちで城之内を引き止めた。
「パズルカード2枚賭けなんかしたら、もし城之内が負けたら即失格……」
「やめとけ城之内。ここは羽蛾に勝った事があるなまえに任せた方が……」

「うるせぇぞ本田! ここはオレが闘う!」

「城之内」
「コイツはデュエリストキングダムじゃ初戦で遊戯に負けたが、全日本チャンピオンを賭けてなまえと頂上決戦した事だってある実力者に変わりはねぇ。相手にとって不足はないぜ!」

 すっかりやる気の城之内に、杏子がなまえへ振り向く。
「なまえも止めてよ! 城之内が失格になったら……」
「杏子」
 なまえがそうついた息が諦めのため息なのか、それともちがうものなのか杏子にはまだわからなかった。それでも、杏子を諫める声色をしている事だけはハッキリと分かる。

「この街でデュエリストとデュエリストが出会ったとき、そこはバトルシティと化す!」

「ヒョヒョヒョ」
 城之内の口上も程々に、羽蛾も応えるようにデュエルディスクを起動させた。

「「デュエル!」」


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