「えっと…… 城之内克也、て名前だっけ?」
「そうよ」

 静香のベッドに座り込んで、健太が代わりにノートパソコンのキーボードを打ち込む。静香は包帯で見えないパソコンに映される兄の動向が聞かされるのを待った。

「そのひと、いま元関東チャンピオンとデュエルしているよ!」
「えっ……」

 思いもよらない事を聞かされて静香が一瞬口籠る。
「でも大丈夫よ。お兄ちゃんもデュエリストキングダムってところで準優勝したはずよ」
「本当?」

 健太はトラックパッドで城之内の名前を撫でた。
「(おかしいな…… レベルには“馬の骨”としか書いてないけど……)」

***

「ヒョヒョヒョ、1200ポイントをライフに貰ったよ」
「クソッ」
 羽蛾のデュエルは狡猾だった。叩いても新たにモンスターを呼び出され、城之内が召喚した《サイコ・ショッカー》ですら、羽蛾がリバースで出した《精神寄生体》によって城之内のターンが来るたびにその攻撃力の半分を羽蛾のライフ回復に利用されている。
 それでもまだ半分のうちにと羽蛾の裏守備モンスターを攻撃すれば、またライフ回復に利用された。

「《髑髏顔ドクロガン 天道虫レディ・バグ》は、墓地に置かれたらライフを500回復してくれるのさ。これで僕のライフはお前を上回ったぜ!」

羽蛾(LP:4500)
城之内(LP:4000)


「完全にペースを飲まれたわね」
「フム…… 昆虫族にはトリッキーなモンスターが多い。どうやら術中にハマってしまったようじゃ」
 杏子がなまえと双六に顔を向ける。
「でもなまえは、全国大会の決勝で羽蛾に勝ててたじゃない。なにか打開策があるんでしょ?」
「お爺さんが言った通り、昆虫族はモンスター効果が多彩なの。私はそれに対抗できるだけの魔法カードを積み込んでいるから勝てただけよ。……城之内の底力で押し切るタイプのデッキに、羽蛾のインセクトデッキはまさに天敵ね」
「そんな……」
 不安な目を城之内に向ける杏子を、なまえは腕を組んだまま横目に見る。

「(デュエリストは必ずどちらかが敗北する。それを恐れたら……人は未来に進めない。杏子もいつか、それをわかってくれるのかしら)」


「ヒョヒョヒョ、僕のターン。モンスターを守備表示。さぁこれでお前のターン、サイコショッカーの攻撃力の半分が僕のライフに加算される!」

「(クソ、また守備表示か! 攻撃すればモンスター効果が発動しやがるし、かといってムダにターンを過ごせば羽蛾のライフがどんどん増えるだけ……)」

***

「ねぇ、どっちが勝ってるの?」

 ソワソワしながら訊ねる静香に、健太が重々しく口を開く。
「それが…… お兄ちゃんが負けてるみたいなんだ」
「そう……」
 素直に答えてくれた健太に感謝しながらも、やはり気落ちした口元を隠せない。

「お兄ちゃん運が悪いね。こんな強い人と当たるなんて」

 幼いながらに励ましのつもりで言ったのだろう。だが静香はニコッと口元で笑った。
「でも、きっとお兄ちゃんは知ってて闘いを挑んだんじゃないかしら」
「どうして?」
「お兄ちゃんってそういうとこあるのよ。自分から困難に挑まないと新しい可能性は開けないって」

「……ムダだよ」

 健太から返された言葉は、ひどく諦めたものだった。
「そんなことしたって、ダメな事はダメだし、意味ないよ」
 そう俯いて曇った声色に、静香は諦めずに微笑む。

「でも、お兄ちゃんはきっと正々堂々闘うわ。……自分の力を信じて」

***

「オレのターン! 《漆黒の豹戦士 パンサーウォーリアー》召喚!」
 城之内はパンサーウォーリアーの効果でサイコショッカーを生け贄コストにすることで、精神寄生体の破壊もした。だが代打バッターを撃破したものの羽蛾の優勢を崩す一手とは程遠い。
「ヒョヒョヒョ、やっと精神寄生体を葬ったか。でもライフはもう充分に回復させてもらったよ。それに今お前が倒して喜んでいる《代打バッター》は、手札からモンスターを場に呼び出す効果を持ってるんだ。

  《ラーバモス》を召喚するぜ!
  ヒョヒョヒョ! 潰しても潰しても増殖し続けるその生命力こそ、昆虫デッキの真骨頂さ!

  さらに《ラーバモス》に《進化の繭》を装備!」

「コイツは……!」
 城之内の前に、遊戯も苦戦したあの繭が現れる。
「デュエリストキングダムじゃ最終段階の召喚には失敗したが、……今度こそ見せてやるぜ。正真正銘、究極完全態《グレート・モス》をね!」
 グレート・モスの孵化まで、城之内に残されたのはあと5ターン。なんとか繭の内に対処しなくてはと焦りを見せる城之内を追い込むように、羽蛾はさらに手札の魔法カードを取り上げる。

「残念だが城之内、お前に進化の繭を止めることは出来ないぜ。お前はこのデュエルが始まる前からもう負けてんだからな!」

「なに?!」

「食らえ! 魔法マジックカード《寄生虫の暴走》!
  このカードがお前のデッキの《寄生虫 パラサイド》を暴走させるぜ!」
「なに言ってんだ、オレのデッキに虫カードなんて───」
 城之内の意に反してデッキから《寄生虫 パラサイド》のカードがフィールドに召喚された。

「出現したパラサイドはお前が召喚するモンスター全てに寄生して、昆虫族に変化させる!」

「な、なにあれ」
 グロテスクな見た目に杏子が口元を押さえる。
「城之内! お前相手に有利になるカード入れてどうすんだよ!」
「バカ! オレはこんなカード入れた覚えなんて……」

「……! まさか」
 本田の叱責に反論する城之内の様子から、なまえが羽蛾を睨む。

「ヒョヒョヒョ! 直接の恨みがある女王様より城之内にデュエルを挑んだ時に気付くべきだったな!」
 羽蛾の言い方に城之内もハッとした。
「テメェ、あの子供を使って!?」
「優れた戦略家は、戦う前から準備を怠らないのさ」

「それって反則じゃない!」
 杏子の言葉に少しも動じることなく、羽蛾はハッと笑って吐き捨てる。

「そうか? デュエルの前に自分のデッキを確認しないほうが、デュエリストとして失格なんじゃないのかな?」

「くっ……! テメェ……」

 城之内もなまえも何も言い返せない。デュエルが始まっている時点から城之内のデッキに寄生体カードが入っていたと言うことは、それがログに残っている以上「羽蛾の不正である」という証明が難しいのだ。
 城之内と羽蛾のフィールドは完全に「昆虫族」が埋め尽くした。羽蛾は余裕の笑みを見せたままカードを伏せてエンド宣言をする。

「オレをハメやがった罪は重いぜ! オレのカードが昆虫族になろうが、攻撃力・守備力に変化はねぇ!」

「そうそう言い忘れてたけど、寄生されたモンスターは生け贄にはできないからね。お前はもう上級モンスターの召喚もできないし、攻撃に生け贄が必要なパンサー・ウォーリアーも役立たずってわけさ。」

「クッソぉ……! ならば《リトル・ウィンガード》召喚!」
 リトル・ウィンガードがフィールドに出された瞬間、パラサイドの寄生の触手が襲い掛かる。

「まぁ確かに防御を固めるのが無難かな」

「いいや! オレはリトル・ウィンガードで進化の繭を攻撃するぜ!」
 城之内の宣言に羽蛾はおちょくるようにまだヘラヘラと笑った。進化の繭の守備力は2000、だが攻撃力は0だ。前の羽蛾のターン、進化の繭は攻撃表示のままエンド宣言されている。

「しまった! 進化の繭が攻撃表示のままだ!」
「そうよ! 攻撃力ゼロの進化の繭に、リトル・ウィンガードで攻撃!」

「うわぁ やめろ〜─── な〜んちゃって」
 ニタッと笑う羽蛾に、城之内の動きが止まる。

「リバースカードオープン! 永続魔法《虫除けバリアー》!」

 リトル・ウィンガードの攻撃が進化の繭に触れることもできず跳ね返された。
「なんだと?!」

「言ったよな? お前のモンスターは全て寄生体によって昆虫族になったって。つまりこのカードがある限り、お前の攻撃は通らないんだよ!
  さぁ城之内、グレート・モスの孵化まであと4ターンだ」

***

「すごい…… 本当にグレート・モスを召喚するんだ」
 パソコンの画面越しにデュエルを見ていた少年が感嘆にも似た声を出すので、静香が首を傾げる。

「そのグレート・モスって強いの?」
「強いのなんのって、ソイツより攻撃力が高いモンスターはなんて殆ど居ないんだ。……やっぱりダメさ、自分を信じたって、強いヤツには敵わないんだ」

「(……お兄ちゃん)」

***

「これで上級モンスターの召喚も、相手モンスターへの攻撃も出来なくされた。城之内のデッキ構成を考えれば、ほぼロックしたと言ってもいいわね」
「うむ、なんと恐ろしい戦術を取るんじゃ、あの少年は……」
 なまえに双六が頷く。虫除けバリアーを挟んで対峙する羽蛾がカードを引く動きにも、城之内はピリピリしながら注視した。

「さて、グレート・モスが一撃で倒せるように、お前のライフを少し削らせてもらおうか」

「(よし! オレのライフを削るには、オレのフィールドのモンスターを全て破壊しなきゃならねぇ。パラサイドさえ消えれば、オレにもまだ逆転のチャンスが……!)」
 チラリとパラサイドのカードに向けられる城之内の視線を、羽蛾が見落とすわけが無い。まだまだ痛ぶる用意があるんだよ、と心の中で大笑いしながら、羽蛾は手札のカードを手にした。

「《レッグル》攻撃表示でダイレクト・アタック!」
「ダイレクト・アタックだと?!」

城之内(LP:3700)

「ヒョヒョヒョ、レッグルはプレイヤーを直接攻撃できる効果付きモンスターなのさ。まさか僕がパラサイドを排除する…… な〜んて都合のいいこと考えてたんじゃないだろうな?

  さぁ、死のカウントダウンの続行だ! グレート・モス召喚まであと3ターン!」

 城之内はモンスターを守備表示にする以外の手立てがない。その間にもレッグルのダイレクト・アタックが続き、残されたターン数も減っていく。

「土下座でもするかい?! そうしたらグレート・モスの召喚をやめてあげてもいいよ?」

「ヤロウ! 卑怯な手ぇ使ってるくせに!」
「やめろ本田!」
 我慢できなくなりつつある本田を制止して、城之内は拳を握り締めた。

「オレはこの前の戦いで遊戯に教えられた」

「……!」
 小さく息を飲んで城之内の背中に目を注ぐ。項垂れて背を丸める城之内を支える遊戯の陰を、なまえは確かに見た。

「真のデュエリストなら、相手がどんな手を使おうと正々堂々と闘い、そして勝利する。遊戯はオレに、真のデュエリストの姿を見せてくれた。……オレもこのバトルシティで真のデュエリストになってみせる!

  このライフがゼロになるまでオレは前に進む! オレはまだ、コイツに負けたわけじゃねぇ!」

「城之内……」
 スッと背を伸ばして羽蛾に立ち向かう城之内の姿に、遊戯の背中が重なる。真のデュエリスト─── 城之内も、またそれに一歩近付いた瞬間だった。
 城之内は《ワイバーンの戦士》を守備表示で召喚し、カードを1枚伏せてエンド宣言をする。

「往生際が悪いねぇ! お前に可能性がないってこと、今から教えてやるぜ。さぁ、僕のターン!

  出でよ! 《究極完全態 グレート・モス》! その美しき姿を見せろ!」


- 194 -

*前次#


back top