城之内(LP:3100)
羽蛾(LP:5700)

「くっ……」

 城之内の前に究極完全態 グレート・モスが立ちはだかる。5ターンを費やして召喚した強力なモンスターを自軍に、羽蛾はいつもの独特な笑い声を上げた。

「ヒョヒョヒョ、さあこれからが本番だぜ城之内。グレート・モス、ワイバーンの戦士を攻撃!」

 守備表示で召喚されていたワイバーンの戦士を撃破される。ライフに変動はないが、ぐっと堪える城之内が手札を握る手に力が込められた。

「おい、あんな攻撃力の高いモンスターを倒せるモンスターなんているのかよ!」
「フッ、いい質問だ。トンガリ頭くん」
 小馬鹿にするように羽蛾は眼鏡の蔓を指で押し上げる。

「数千枚を誇るデュエルモンスターズの中でも、究極完全態グレート・モスの攻撃力を上回る能力を持つモンスターは……《ゲート・ガーディアン》と《青眼の究極竜ブルーアイズ・アルティメット・ドラゴン》のたった2枚しかない!

  最も城之内! お前にそんなレアカードを持っているとは思えないけどね」

***

「あーあ、やっぱりダメだ。グレート・モスに勝てる方法なんて、あるわけないよ」

 健太はパソコンを置いていたキャスター付きのテーブルを下げて、静香のベッドに背中を倒した。
「いくら自分を信じたってムダさ」

「……大丈夫。お兄ちゃんはこんなことで諦めたりしないわ」

 膝の上で握る手に力が入る。健太はゴロッと体の向きを変えて肘を付くと、包帯の 巻かれた静香の顔を見上げた。

「そんなのおかしいよ。やる前から分かり切ってるのに、勉強だって運動だって、出来るヤツは最初から出来るし…… 出来ないヤツはいくら頑張ったってダメなんだ」

「それで退院したくなかったのね」

 痛いところを突かれて健太はまたゴロゴロと転がり、静香に背中を向けて俯く。
「病院に居ればお父さんもお母さんも優しくしてくれるし、……学校に行かなくってもいいし」

「……」

***

「(デュエルモンスターズの世界は、モンスターの強さだけが全てじゃないわ。……弱者こそ秘めた能力を持ち、力だけで傲る者こそ打たれ弱い。城之内も真のデュエリストなら、必ずグレート・モスを倒せる)」
 なまえの腰に下げられた千年秤のウジャド眼がチラリと光る。城之内は決して挫けずに、デッキからカードを引いた。

「頼むぜオレのデッキ……! オレのターン、ドロー!」

 引いたカードを見た城之内の目が「よし……!」と小さく煌めいた。
「(これで勝負の鍵は揃った! あとは運を天に任せるのみ!)」
 手札にドローしたカードを加えてズラリと見渡す。

「リバースカードをセット! さらに全てのモンスターを攻撃表示にするぜ!」

「なに、攻撃表示じゃと?」
 城之内のプレイングに焦りを見せたのは双六だけではない。本田や杏子でも明らかにマズいとわかる状況に外野はさらにざわめいた。
「そんな事をしてもし攻撃されたら…… 城之内のライフが!」
「あのヤロウ、本当にヤケになりやがったか?」

「(城之内……なにか作戦でもあるというの?)」
 なまえは見定めるように目を細める。そこへ羽蛾の笑い声が降りかかった。

「ヒヒヒ、僕のターン。念には念を入れ、場に1体のモンスターを守備表示」
 また裏守備で出されるモンスターに、リバース効果モンスターかと警戒心が煽られる。

「(さあ来い、羽蛾……!)」
「ヒョヒョヒョ、そんなに死に急ぎたいのか。ならば───
  《レッグル》! 城之内にダイレクト・アタック!」

「(違う! コイツじゃねぇ。今は耐えるんだ……!)」
 襲いかかるレッグルに城之内は舌打ちをする。レッグルからの攻撃を素直に受け、ライフが削られるのにも耐えた。
「城之内……!」
 ライフを2800にまで削られ、杏子が声を上げる。

「ここまで来ればパラサイドは用無しだぜ。トドメだ城之内! 消えな! 究極完全態グレート・モス、パラサイドに攻撃!」
 羽蛾の攻撃宣言とと同時にグレート・モスが大きく羽ばたいた瞬間、城之内はフッと笑った。

「そいつを待ってたぜ! 勝負だ羽蛾!!!
  速攻魔法《悪魔のサイコロ》!」

 1枚のリバースカードが返される。城之内と羽蛾の間に、赤いサイコロが振り落とされた。

「コイツはサイコロの出た目だけ、お前のモンスターの攻撃力を弱めるぜ!」

「……!」
 ゆっくりと転がるサイコロの行く末を全員が見守る。だが城之内の期待に反して1番上にはじき出された数字は「2」だった。

「か〜! 2かよ! っだが、これでグレート・モスの攻撃力は1/2だぜ!」
《究極完全態 グレート・モス》(攻/ 1750)
「へっ、何か企んでるとは思ったが、そんなカードじゃグレート・モスは倒せないぜ」

「甘いぜ羽蛾。もう1枚の伏せカードオープン!
  魔法カード《天使のサイコロ》!」

「なっ……!」
 余裕に満ちていた羽蛾の顔に亀裂が入る。
「このカードはサイコロの出た目の数だけ、オレのモンスターの攻撃力はアップする! パラサイドの攻撃力は500! 4以上でオレの勝ちだ!」
「なんだと?!」

「見せてやるぜ! オレのギャンブラー魂を!」

「(デュエリストの魂はどうしたのよ)」
 たぶん隣の杏子もそう思ったのだろうけど、なまえも杏子もとりあえずは黙って見届けた。

 同じようにフィールドを転がる青いサイコロ。その行方を城之内と羽蛾が固唾を飲んで追いかける。
 そして弾き出された目の数─── それは城之内が宣言した通りの「4」。ギリギリの数字だった。

「よっしゃあァ───! パラサイドの攻撃力は4倍! 2000にパーアップだぜ!」
「ば、馬鹿な!!!」

 最初は遊戯すら苦戦を強いられたグレート・モス。それを城之内はたった3ターンで撃破してみせた。5ターンも費やす最上級モンスター相手に、城之内は城之内なりの方法と“強運”、そして下級モンスターと魔法カードのコンボで攻略したのだ。

「───……! すごい!」

***

「すごい! お兄ちゃん、本当にグレート・モスを倒しちゃった! あんな弱いカードしかないのに……!」

 グレート・モスの召喚よりも驚きと興奮を見せる健太の声に、静香は黙って微笑む。

***

 グレート・モスの返り討ちで羽蛾のターンは終わり、城之内はカードドローだけでエンド宣言をした。

「よくもよくもよくも!!! 城之内! 貴様だけはどんな事があっても許さないぜ!」
「ハッ! なに言ってやがる。テメェの切り札はもう墓場に直行したぜ!」
 強大な敵を片付けて城之内はやっと流れを取り戻し始めていた。だがデッキ最強のモンスターを失ったにしては羽蛾の取り乱し方は浅過ぎる。

「いい気になるなよ。……いま僕のスーパーインセクトデッキの更なる奥の手を見せてやるぜ」

「さ、さらなる奥の手だと……!」
 顔を硬らせる城之内。羽蛾は容赦なくカードに手を向けた。

「僕のターン! 《空の昆虫兵》を召喚し、この魔法カードを出すぜ!」

 魔法マジックカード《殺虫剤》
 羽蛾は昆虫族モンスターとなっている城之内のモンスターを破壊するのではなかった。自軍に裏守備で出していた《代打バッター》を、羽蛾は自ら《殺虫剤》の効果で破壊する。

「あれは、墓地に行く事で手札からモンスターを特殊召喚できる効果モンスター……!」
「あっ……!」
 外野で見ていたなまえの言葉を聞いて、城之内も最初のターンを思い出す。
「まさか!」

「そう! 僕は破壊した代打バッターの効果で、手札から昆虫族最上級のモンスターをフィールドに特殊召喚するぜ───!

  《インセクト女王クイーン》!

  まさかお前ごときにこのカードを使うとは思わなかったよ。……さぁ出番だ女王様!!!」

 グレート・モスとは比にならないほどの巨大を蠢かせて、8本もの節足が地に下される。城之内の前に、その大きな蜘蛛型のモンスターは咆哮を上げた。

***

「グレート・モスを倒したばっかりなのに、もうこんな強力なモンスターが……
  やっぱりダメだよ。弱いカードでいくら頑張ったって、何も変えられないんだ」
 諦めたように笑う健太に、静香は諭す様に口を開いた。

「ううん。変わったわ。私の目、見えるようになるのお兄ちゃんのお陰なの。……私、自分を信じられなくて目の手術を受けないって駄々を捏ねてた事があるの。でも、それをお兄ちゃんが励ましてくれた。手術は無事に成功したわ!

  包帯を取るときは、1番最初にデュエルしてるお兄ちゃんの姿を見たい。お兄ちゃんの、勇敢に闘う姿を」
「……、」
「私も自分を信じるわ。一生懸命に応援すれば、この思いがお兄ちゃんに届くはずだから」

「それでもダメだったら?」

「……、それでダメだったら、何も悔いはないじゃない。やれるだけの事をやったんだから」

***

 レッグルを生け贄に、インセクト・クイーンの攻撃が城之内のフィールドへ襲いかかる。リトル・ウィンガードを撃破されても、今の城之内には耐えるしか術はない。
 モンスターを破壊した事でインセクト・クイーンが卵トークンを産み付けた。

「ヒヒヒ、フィールドをこの可愛いベビーちゃんで埋め尽くしてやるぜ!」

「(クソ……! 自分で昆虫族インセクトモンスターを生み出す能力があるのか。場に昆虫族が増えるたびコイツは攻撃力を上げやがる…… これ以上モンスターを増やすわけにもいかねぇ。だがあのバリアーがある限り、敵に攻撃はできねぇ。新たにモンスターを召喚しても、パラサイドに寄生されれば結局インセクト・クイーンの攻撃力を上げるだけだ……

  どうしたらいい……?!)」



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