「やったぜ静香! いよいよ決勝トーナメント進出だぜ」
『すごい! おめでとうお兄ちゃん!』
 水族館の入場ゲート前、城之内は杏子から借りた携帯で静香と電話をしていた。

 水族館での梶木漁太との一戦、城之内はパズルカード2枚賭けのデュエルディスクを制して見事6枚を揃えた。それは決勝トーナメントへの進出条件を満たした瞬間であり、城之内がそれを真っ先に伝えると言えば、病院にいる妹の静香以外いなかったのだ。

『お兄ちゃん…… 見に行ってもいいかな、決勝トーナメント。』

 電話越しでも切々とお願いをしているのが分かるほど、ほんの少し震えた声で静香がそう言ったのを、城之内は驚いて声が弾んだ。
「えっ…… でもよ、お前、包帯まだ取れてないんだろ?」
 一番最初に出た答えは、妹への心配だった。静香はそれを押し切るように畳み掛ける。
「でも、先生がそろそろ取っても大丈夫だって。それに約束でしょ? 私が包帯を取って最初に目にするのは、お兄ちゃんがデュエルする姿だって」

「……そっか」

 それ以上心配するるのはやめた。城之内も内心では、静香が来てくれる事以上に嬉しいことなどないのだから。

「よ〜しわかった! 迎えをやるから、1人じゃ危ないだろ? いいな? ちゃんと先生に許可貰ってから───」
『うん。ありがとう、お兄ちゃん』

***

「おかしいな、誰もいない……」
 モクバはなまえのデュエルディスクの信号が発せられているはずのベイエリアに立ってあたりを見回していた。適当にベンチを見つけると、そこにアタッシュケースを乗せて開ける。
 ラップトップパソコン端末のキーボードを打ち込み、やはり自分がいる場所となまえのデュエルディスクの信号の位置が同じ場所にある事を確認し、また首を傾げた。

「なんでだ? なまえのやつ、どこに……」

 ザリ、とコンクリートの地面に砂粒が轢かれる音が背中を打った。驚いて振り向けば、自分の兄よりも背が高いであろう大男が立っている。
 その顔には目深くかぶられたフードで陰が落とされ、モクバからも覗き見る事ができない。それでも、そのフード付きマントに印されたウジャド眼を見ればこの男が敵である事は瞬時に理解した。

「お、お前は……!」

***

「───う、」

 酷く首が痛い。軋む肩に固い地面に自分が横たわっている感覚を知らされて、なまえは目を開けた。

 灰色のコンクリートの床に鉄製の扉が目に入る。どこかの廃工場か倉庫だろうか…… 遙か上の方にある小さな窓から光が差し込んでいた。
 ゆっくりと体を起こしてさらに当たりを見回そうとすると、首が音を立てそうなほどに軋んでいたんだ。

「ッ、たぁ……」
 反対の手で首の付け根を抑える。
「(そうだ、私、あのマリクという男に……)」

 男の顔を思い出してハッと息を飲んだ。ほんの一瞬だったが目に焼き付いている。……何故か忘れられない、いや、なまえはその顔をよく知っていた。
「(でも、そんなはず……)」
 ドキドキと高鳴る心臓に、胸が痛む。震える手でデッキケースに手を伸ばしてそれを確かめようとしたとき、なまえはもっと大切なことに気が付いてしまった。

「……え、」

 脳は最初、それを理解しようとはしなかった。おそらくデッキを失う事と同じくらい恐れていた事が起きている。……座り込んでいるはずの腰に当たるべき物がない。

「千年秤が、───ない」

***

「獏良君!」
 杏子が大声を上げて、城之内と双六の3人が駆け寄った。

 静香を迎えに行った本田を見送ったところで現れたのは、赤銅色の肌の少年に支えられて歩く獏良だった。
「どうしたんじゃ?!」
「大丈夫か、獏良!」

 左腕に巻かれたハンカチには血が滲み出ている。顔を真っ青にして苦しむ獏良を前に、杏子は口元を押さえた。
「ひどい傷……!」

「良かった。君たち、この人の知り合いなんだね?」

 獏良を支えていた少年が城之内達を見上げる。城之内や杏子が見た、彼のその口元に浮かべられた笑み─── それがなにかも知らないで。

「城之内君……」
 呻き混じりに呟いた獏良を3人が覗き込んだ。
「獏良、なにがあった?」
「わからない…… 覚えてないんだ」
 腕を押さえる獏良の顔に汗がにじむ。

「応急手当はしたけど、はやく病院に連れてった方がいい」
「そうね」
「いろいろすまんかったな。あとはワシに任せてくれ」
 労わるように獏良を支えて立たせてやる目の前の少年に、双六や杏子は礼を伝えた。双六が獏良の反対の肩に手を伸ばすと、少年と替わるように城之内へ声を掛ける。


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