「ヒャーハッハッハ! かかったかかった!」
ガラスの鏡面に広がる青天、遊戯の前には《呪魂の仮面》を装備させられた
磁石の戦士β、海馬の前には《ブラッド・ヴォルス》とリバースカードが1枚、闇の仮面の前には《凶暴化の仮面》を装備した《シャイン・アビス》と永続魔法《仮面人形》。
そしていま高笑いを上げている光の仮面の前にはリバースカードが1枚と、遊戯の上級モンスター召喚に対して発動した永続罠《生贄封じの仮面》が表に返された。
「生贄封じの仮面は、いかなる場合にも生贄を行うことが出来なくなる
罠カードさ。つまり、この永続
罠がフィールドにある限り、お前らのモンスターは生け贄にできないかんな!」
「オレたちの上級モンスター召喚は、封じられたというのか……?!」
「フフフ、左様。貴様らに神のカードがあろうが、生け贄無しでは召喚することもできぬ!
神のカードは封じられた!」
***
「よい……しょっと、いけるわ。なまえ、もう一個ちょうだい」
「気をつけてよね……」
壁沿いに箱を積み上げながら杏子が登り、なまえは中段くらいから杏子に箱を渡す。段ボールは空箱だ。へんな場所に立てば潰れるし、崩れでもすれば2人ともタダでは済まない。
それでも杏子は一心に積んでは登り、少しずつではあるが窓に近付きつつある。
「あと少し……!」
ついに杏子の手が窓枠を捉えた。だが背伸びをしすぎたつま先が、箱の天面を破りついにバランスを崩す。
「え、あ、ひゃあぁ……!」
「ちょっと、え、うそ、」
鈍い音と共に、「キャアァ!」と2人の悲鳴が倉庫内に響いた。
「あっ……痛たたたた……ぁ───……」
「あ、杏子……重い……」
杏子が尻もち程度で済んだのは、なまえが下敷きになったからだ。幸い空の段ボールが潰れてクッションになってはくれたが、間違いなく2人ともどこかしら明日には青痣になっているだろう。
「(デュエルディスク外しておいて良かった……)」
杏子が退いてくれるのを待ちながら、段ボールの上で仰向けになったなまえが逆さまに見える床に転がしたデュエルディスクを眺める。まあ腰のデッキホルダーは痛かったが。
「ごめんなまえ、大丈夫?」
「杏子こそ」
「うぅ、ダイエットしておけばよかった……」
そこは反応しとかないでおいた。
「……ねぇ、なまえ、体重どれくらい?」
「は?」
「軽いほうが上になった方がいいと思うでしょ? アタシも教えるから……!」
お願い! と手を合わせる杏子に、なまえは渋って閉口する。「杏子から言って」とため息混じりに言えば、杏子はわざわざ耳元でゴニョゴニョと伝えてきた。
「…………」
「…………」
聴き終わるなり青い顔でサッと離れるなまえ。身長はあまり変わらないか、自分の方が少し高いかと思っていた。だから体重は杏子の方が下でも仕方がないと先に諦めていた。でも現実を知れば、女の子なら誰だってショックを受けるものだ。
「杏子が上で決定よ」
「え?! ちょっと待ってよ、なまえの体重も教えなさいよ!」
「教えない。絶対に」
***
生け贄召喚が主流のゲームで生け贄を封じられてしまえば、勝ち目はない。
遊戯はクリボーを守備表示で召喚してリバースカードを1枚セットし、エンド宣言をする。……それしか手札でできることがなかったのだ。
「海馬! オレたちが勝つ方法はひとつ!」
「お前の言いたい事は分かっている。結束して闘えと言うんだろう?」
遊戯が言いそうなことを口に出せば、やはり遊戯は真剣な眼差しでそうだと訴えてくる。
「フン、くだらんな」
「(やはりダメか…… だがこのままでは……)」
海馬が言いそうな返事を考えていれば、やはりその通りに返してきた。もはやため息すら出てこない。
「俺のターンだ」
遊戯のエンド宣言により、闇の仮面のターンが回ってくる。
「(遊戯の
磁石の戦士はフィールドに残しておいた方がいい。勝手にライフを削ってくれるからな。……気になるのは海馬のリバースカード)」
『心配いらないぜ相棒』
コソコソと静かな声が、仮面に隠したインカムを通して光の仮面の小声が闇の仮面の耳に入った。チラリと視線だけを向けて小さく笑うと、闇の仮面も小さく「わかった」と返す。
「まずリバースカードをセット! さらに《シャイン・アビス》で、海馬の《ブラッド・ヴォルス》を攻撃!」
「
罠カード発動!《破壊輪》! このカードによって《シャイン・アビス》は破壊され、その攻撃力2600分のダメージを受ける」
「そうはいかないかんな!」
光の仮面がすかさず声を上げた。
「カウンター
罠発動!《呪い移し》!
呪い移しは相手が
罠カードを使ったときに発動。その効果を相手に移し替える!」
シャイン・アビスに付けられた破壊輪が、ブラッド・ヴォルスの首に巻きつく。破壊されダメージが両者を襲う瞬間、海馬は速攻魔法を出した。
「
魔法カード《防御輪》! このカードは、罠の効果によるダメージを無効にする」
「愚か者め! 我々のコンビネーションは、そんな事で破ればせん!」
「なに……!」
闇の仮面もすかさずリバースカードを反転させた。
「フフフ、その効果はこっちへ移るぜ!」
闇の仮面が出したのは
魔法カード《術写し》。海馬の前から防御輪が取り払われ、防御輪は闇の仮面からダメージを取り除いた。
「くっ……!」
海馬がデュエルディスクのライフカウンターに目を向ける。既にカウンターは動き始め、舌打ちをして相手に向き直った。
海馬(LP:2100)
「フフフ……これが光と闇の融合戦術。」
「貴様らでは我々のコンビネーションに勝つ事はできない!」
海馬のフィールドはガラ空きになった。
罠カードと
魔法カードの応報により中断していた、《シャイン・アビス》のバトルフェイズが再開される。
「これでダイレクト・アタックだ! 死ねぇ海馬ァ!!!」
「ッ───!」
***
「どうやら麻酔が効いたようじゃな」
ほっと息をつく双六が、獏良の掛け布団を直してやる。そのまま額に乗せていた濡れタオルを取り上げた。
「よく眠っとる」
緊急措置用の病室。獏良はそこのベッドに寝かされて点滴を打たれていた。点滴のために出された左の腕、その上腕に巻かれた包帯にはまだ僅かに血が滲んでいる。
「まったく、どこのどいつがこんな酷いことをしたんじゃろう」
獏良に背を向けると、双六はすぐ背面の壁にある洗面台の蛇口をひねり、温くなったタオルを絞り直した。その双六を、眠っているはずの獏良が目を開けて覗き、うすら笑う。
***
もう一度落下したところで、杏子となまえはやっと座り込み考え直す時間を設けた。二度も杏子の下敷きにされた側としては、一度目で諦めて欲しかったのが本音ではあるが。
「グールズのヤツら、私たちを一体どうする気なのかしら」
そう膝に頬杖をつく杏子に、なまえは「さぁ、」とだけ答える。なにか思い出したように「あ、」と声を漏らしてから、杏子はなまえに向き直った。
「イシズさんの言っていた“新しい闘い”って、ただのゲームのことじゃなかったのかも」
「……そうかもね」
というか、たぶんそう。千年秤を奪われた時点で、これが千年アイテムの絡む闇のゲームの一端に相違はない。
「(グールズの奴ら、私のデッキのレアカードよりも千年秤を優先して奪っていった。きっと遊戯に関係している……)」
目を伏せるなまえを、杏子の不安げな眼差しが覗き込んだ。なまえは静かに、外したデュエルディスクを眺めている。
「(遊戯……)」「(海馬……)」
***
海馬に迫る《シャイン・アビス》のダイレクト・アタックの閃光。目を見開いて敗北の瞬間を覚悟したその瞬間、海馬を覆う無数の影が弾けた。
「な、なんだ……?!」
攻撃宣言をした当の闇の仮面がその手を止める。
海馬を覆う無数の小さな影……その《クリボー》に海馬は遊戯に顔を向けた。
「フフッ クリボーに《増殖》のマジックカードを発動した。貴様らの攻撃は海馬には届かないぜ!」
「くっ、雑魚モンスターの増殖壁だと?! ふざけたマネを……!」
海馬のフィールドだけに留まらず、遊戯のフィールドにも大量のクリボーが覆ってプレイヤーの壁となる。それに感謝をするよりも、海馬は唇を歪めた。
「お前のクリボーに救われたというのか…… 遊戯! 余計なマネを!」
「海馬」
屈辱に震える海馬を諭すような、遊戯の低い声がスッと差し込まれる。遊戯の目は海馬ではなく、クリボー越しに目の前の2人の仮面の男たちを見据えていた。
「このタッグ戦は、確かにチームの2人ともが破れるまで続く。しかし……実際はオレかお前、どちらかが倒れたら全ては終わったも同然」
「オレ1人の力では勝てないとぬかすのか!?」
「いまオレたちに挑んでいる2匹のレアハンターのコンビネーションは、完璧だ。互いに攻守を補い合い、そのチームワークが生み出す攻撃は
一分の隙もない。
この闘い、オレたちの力を結束しなければ、到底グールズを倒すことはできない!」
「(……結束)」
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