「もう……ちょっと……!」
 今度はなまえが段ボールを積み上げて登り、窓枠に向けて手を伸ばす。
「気をつけて!」
「うぅ……ん、」
 指先が窓枠に掛かる。
「やった! ───あ、わっ!」

 ガク、と体が揺れる。それを感じたのは一瞬のこと。次にはもう体が何回転かして断ボールのクッションに叩きつけられた。

「いっ……たぁーい……」
「うぐぅ……」
 なまえもろとも杏子までお尻を押さえて蹲る。なまえもビリビリと痺れる首を揉みながら顔を上げると、杏子と目を見合ってため息をついた。
「私より運動神経がいい杏子でダメなら、やっぱり私もムリよ」
「うぅ…… ベスト体重キープしとくんだった」
 喧嘩売ってんのかと言い掛けたなまえを代弁するかのように段ボール箱が落ちてきて、杏の頭に覆い被さる。
「キャッ!」
「あーもぅ」

 なまえが膝を着いたままズリズリと寄り、杏子の頭に被った箱を取り払ってやる。その背後のドアの向こうで、鉄の引戸を開ける重々しい音が響いた。
 また何人かの足音が近付いてきて、次第に1人喚く声も鮮明になってくる。
『……! ───! くそ、放せ!』

「! この声、」
 箱から顔を出した杏子が「え、」と声を漏らすが早いか、バンッと開けられたドアからはモクバが部屋に突き飛ばされた。

「なにすんだ! うわッ!」

 咄嗟になまえが受け止め、そのままの衝撃で仰向けに倒れる。顔を上げるより先にドアは閉められ、互いに声を出す前に鍵をかける音が部屋に響いた。
「痛ったたたた……」
「なまえ!」
 今日だけで3回下敷きになって4回もお尻を強打して、流石にもう嫌気が差す。モクバが覆い被さった体をゆっくりと起こすと、その肩に手をやって見えるところに怪我がないか見回した。

「大丈夫? どこか痛いところはない?」
「あ、あぁ」
 体を固くしたモクバが、跨がっていたなまえの腹部からサッと降りる。ほんの少し赤くした自分の顔を触り、一瞬包まれた柔らかいものがなまえの胸だったと知りさらに狼狽た。

「モクバ君、なまえも大丈夫?」
「杏子!」
 斜め後ろにいた杏子にも気付き、モクバはやっと部屋を見渡した。

***

「オレのターン!」
 ドローフェイズ、海馬は《青眼の白龍ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン》を引いた。自らのエースモンスターであるにも関わらず、このタイミングでは海馬の眉を顰めさせるだけ。

「(ブルーアイズは八つ星の上級モンスター…… 召喚には2体の生け贄が必要。だが、───)」
 チラリと光の仮面のフィールドを見る。そこに出されている永続魔法《生贄封じの仮面》がある限り、海馬も遊戯も、神のカードはおろかブルーアイズですら召喚することはできない。
 やむを得ない、と海馬はブルーアイズを手札に加えただけで、そのまま違うカードに指を掛ける。

「オレはリバースカードをセットし、《ミノタウルス》(★4・攻/1700 守/1000)を守備表示!
  ターン終了だ」

 防戦の手を見せる海馬に、闇の仮面は嘲笑って口の端を吊り上げた。
「フッフッフ、身を守るので精一杯のようだな、海馬」
 海馬は舌打ちを返すだけで、今は耐える。

「(奴らのフィールドには攻撃力2600のシャイン・アビスが出ている。……タッグデュエルでは、フィールドの守備モンスターはパートナーを守ることが出来る。今はクリボーの増殖壁で持ち堪えるしかない。
  チャンスは必ず来るはずだ!)」

「俺のターンだかんな。」
 目を細めた遊戯の考えも虚しく、光の仮面はフードの奥でギョロギョロとよく動く眼球で、そのクリボーたちを捉えた。
「ピーヒッヒッヒ、……うじゃうじゃうじゃうじゃ、そんな雑魚モンスターの陰に隠れてちゃ、お前ら何もできねぇだろ。
  そんなもん、俺のカードで一掃してやるかんな」
「なに!」

「魔法カード《魔力吸収の仮面》!」
 遊戯のフィールドに出ていた《増殖》の魔法カードに、《魔力吸収の仮面》が装着される。それと同時に、フィールドを覆い隠さんばかりに増えていたクリボーの大群が消え、守備表示のクリボーが本来の1体のみの状態で遊戯のモンスターゾーンに戻される。

「しかも、この仮面の呪いによって毎ターンごとにお前のライフを500ポイント削っていくかんな! グフフフフ……!」
 これで《呪魂の仮面》《魔力吸収の仮面》によって、遊戯は自ターン毎に合計1000ポイントのライフダメージが与えられる。
「(それだけじゃない…… クリボーの増殖壁を失ったことで、オレたちが敵モンスターの直接攻撃を食らうのは時間の問題─── どうする?!)」

「まだオレのメインフェイズは終わってないかんな! 俺はさらに《仮面呪術師 カースド・ギュラ》(★4・攻/1500 守/800)を召喚。クリボーを攻撃!」

「うっ……!」
 破壊されたクリボー越しに、2人の仮面の男が、獲物を前にした野犬のような目で焦りを隠せない遊戯を見た。
「(オレのフィールドの磁石の戦士マグネット・ウォーリアーは、呪魂の仮面によって攻撃も守備もできない。しかも、オレを守る壁モンスターはいない)」

「さぁ遊戯! 貴様のターンだ! それと同時に1000ポイントがライフから引かれる、忘れんな〜? ハハハハ!」

 グッと唇を噛み、遊戯はデュエルディスクのライフカウンターを見下ろした。そしてチラリと、背後に付けられたライフカウンター付きの爆弾にも目を向ける。

遊戯(LP:2500)

「オレのターン!」
 バッと引いたカードを手札に加える。手札に通常召喚出来るモンスターカードはない。だが、手がない訳でもない。

「(魔法マジックカード《手札抹殺》…… これを使えば、すべてのプレイヤーは手札を全て捨て、同じ枚数のカードを引くことができる。だが───)」

 遊戯は海馬に顔を向けた。手札を眺める海馬から目を逸らし、もう一度《手札抹殺》と見比べて心を迷わせる。
「(海馬の手札に起死回生のカードがあったとしたら─── さらにそれを捨てさせる事になる。ダメだ、……オレたちのチームワークをこれ以上悪化させるわけには)」

「どうした遊戯」

 突然降りかかる海馬の声に遊戯は目を見開いた。驚いて海馬に顔を向けると、あいも変わらず高慢そうな顔で遊戯を見下ろしている。
「どうやら手札に四つ星以下のモンスターカードがないようだな。つまり、このターンで出せるモンスターカードはない。……まぁ、手札に上級モンスターしかないのなら仕方がない。
  ───墓地にでも葬るか。フッフ……」

「───!」

 大きく息を飲んだ。
 その様子に2人の画面の男は笑い合って指を差す。
「フッフッフ、奴ら今にも仲間割れしそうだぞ」
「しょせん奴らにチームワークなど存在しないのだ」

「(遊戯、……気付いたな)」
 嘲笑う仮面の男たちを海馬はただ目を細めて眺める。遊戯も決心を固め、手札に指をかけた。

「オレはリバースカードを1枚セットし、ターンエンドだ!」


 守備モンスターの居なくなった遊戯に、闇の仮面は仕掛けた。
 儀式魔法《仮面魔獣の儀式》により、光属性《シャイン・アビス》、闇属性《カースド・ギュラ》の2体を生け贄に捧げ、闇の仮面のフィールドに《マスクド・ヘルレイザー》(★8・攻/3200 守/1800)が召喚される。

「攻撃力3200……!」
「フフフ! 遊戯のフィールドに壁はない。ヘルライザーで遊戯をダイレクト・アタック!」

***

「どうしてモクバ君までこんなところに」
「オレは兄様に言われてなまえを探しに行ったんだ。そしたら、いきなり……」

 その返事になまえは苦々しい顔をした。……あの時、海馬に正直に「助けて」と言っていたら、モクバ君まで巻き込むことはなかったのに。なまえが抱える後悔を知る由もなく、杏子もモクバも話しを続ける。
「アタシも城之内達と襲われたの。でも、なぜこんな事……」
 俯く杏子に、モクバも俯いた。

「きっと、オレ達を捕まえて、兄様や遊戯がデュエルから逃げられないようにしたのさ。グールズの奴ら、兄様達から神のカードを奪うつもりなんだ」
 「神のカード?」と聞き返す杏子に、なまえもモクバも「あぁ、」と顔を見合わせて杏子にまた向き直る。
「3枚の神のカードは、伝説のレアカードなんだぜ。いま、兄様と遊戯が1枚ずつ持ってる。ヤツら、それを狙って……」
「え、遊戯も手に入れたの?」
 口を挟んだなまえにモクバが頷く。
「あぁ。遊戯はグールズのレアハンターと闘って、《オシリスの天空竜》を手に入れた。あのマリクってヤツ、きっと兄様の《オベリスクの巨神兵》とまとめて奪うつもりなんだ」

「(遊戯も、神のカードを……)」
 険しくした顔を逸らして、なまえはデュエルディスクに目を向けた。ただ惘然と過ごしていた午前中、自分は一体何をしていたのだろうと沸々と怒りが湧く。ただ立ち止まって、こうして捕まって、自分はパズルカード4枚で満足でもしていたとでも言うのだろうか。
 杏子によれば城之内はパズルカードを6枚揃え、今また遊戯は神のカードを手に入れたと知り、どうしようもない焦りがなまえの中に溢れる。

 ……魔導士達が私に応えないのではない。私が、彼らの信頼を裏切っているのではないだろうか。

「なまえ?」

 ハッとモクバに振り返る。そこには眉端を下げたモクバと杏子が待ち構えていた。
「あ……」
「どうしたの? 怖い顔して……」
「……な、なんでもないわ」



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