「城之内君、聞いてくれ。このバトルシティでオレは、キミとのデュエルを心の底から望んでいた。だがそれは、互いに真のデュエリストとしてプライドをかけての真剣勝負だったはずだ!」

 遊戯の脳裏にあるのは、バトルシティ最初の日、城之内と交わした友との約束。
「オレはその約束をしたことが嬉しかった。オレ達が残ってこられたのも、その誓いを守るためだったとオレは信じている。
  だがこの闘いは、マリクによって仕組まれた罠だ! オレ達が誓い合ったデュエルなんかじゃない!」

「……」
 賢明に城之内の心へ呼びかけても、その振り子は微動だにしなかった。城之内は背を向けて、ただ死のデュエル場へと急ぐ。

「ついてきな遊戯。死のデュエル場はこっちだぜ」
「城之内君!」

「『フフフ…… 無駄だよ遊戯。貴様が何を言っても、城之内とのデュエルを避けることはできない』」
 その背中を目で追うことしかできない遊戯に、マリクの笑い声が降りかかった。同時に鉄筋製の階段を降りる厚底ヒールのゆっくりとした足音が、ガコン、ガコンと響き渡る。

「杏子!」

 振り向いた先、コンテナ貨物船から下ろされた階段を降りていたのは杏子だった。その目は暗く光を失い、レアハンター達のように開いた口からはマリクの言葉が放たれる。

「『城之内は僕の人形。千年秤によって僕の憎悪と復讐心が植え付けられている。……フッフ、さぁ遊戯、死のデュエル場で城之内がお待ちかねだよ』」

「千年秤だと……! まさか、なまえから奪ったのか……!」
 フフ、と笑うだけの沈黙は肯定でもあった。遊戯が痛ましそうに顔を背けると、海馬がズカズカと杏子の方へ歩み寄って腕を組んだ。

「マリク…… 貴様、なまえはどうした」

 杏子の目を通してマリクが海馬を見る。鋭い目で射抜く海馬にフッと笑うと、マリクは自分の肉体の方の目で、クルーザーのデッキに座らせたなまえを眺めた。

「『なまえなら、僕と一緒に居るよ。……海馬、貴様の相手はもう少しあとだ。遊戯がデュエルを始めるまでは、この女を人質として預かっておかないとね』」
「……チッ」
「『遊戯、分かってるだろうな。もし城之内とのデュエルを渋ればどうなるか……』」
 杏子の顔でニッと笑うマリクに、遊戯の肩が怒りに震える。そして意を決すると、先んじて進んでいた城之内の後を追って足を進めた。

***

 遊戯はマリクに操られた杏子のなすがまま、海の真ん中で錨に繋がった足枷を付けられた。プレイヤーのどちらかのライフポイントが0になった30秒後に、重さ約300キロに及ぶ錨を吊るしたチェーンが爆破され、怒りに繋がれたままの敗者は海に沈む。
「そして足元を見ろ。この箱は相手のライフカウンターが付いている。この箱の中に、足枷を外す鍵が入ってるってワケだ」
 城之内が説明したところで、遊戯が固唾を飲み込んだ。相手のライフを0にしたプレイヤーだけが鍵を手にし、生き残ることができるデスゲーム。それを城之内と行わなければならない。

「……! ダメだ! こんな危険な闘いを城之内君とできるわけがないじゃないか!」

「『貴様はもう逃げられないよ』」
 遊戯と城之内を見渡す防波堤に杏子が立つ。そこへ設けられた椅子に腰掛けると、杏子の手足にも拘束具が巻き付いた。
 電子音が波間に鳴り響き、錨をぶら下げた爆破装置のタイマーが回り始める。
「『フフフ…… 錨に備え付けられた爆破装置は作動した。何もせずとも、40分後には爆破される。そうなったら2人とも海の底だよ』」
「クッ……!」
「『なぁに、簡単なことさ。城之内を助けたければ、お前がデュエルで負ければいいだけのこと。フフフ……』」

「(遊戯と城之内のデスマッチだと?!)」
 はたから見ていた海馬が、さすがにその異常性に冷や汗を流す。ここまで残酷なデュエルをさせるマリクという男の常軌を逸した思考を、海馬は微塵も理解をすることが出来ない。
「(マリクは三千年も前の復讐などというバカげた目的のために、本気で遊戯を殺そうとしている。……いや、それだけじゃない。もしこの矛先がオレとなまえにまで向けられているとすれば、この次にこのデスマッチをさせられるのはオレ達……)」

「やめさせてよ兄様! こんなデュエル認められないぜ!」
「(どちらかが確実に命を落とす闘い…… そんなものは最早デュエルではない!)」
 海馬を見上げるモクバに海馬は目は向けずともワナワナと震えて手を握り締めた。

「オレは認めん! このバトルシティでマリクに勝手な事はさせん!」

 主催者たる海馬の言葉をも遮るように、トラックのエンジン音と不気味なまでに軋む金属音が杏子に迫る。目を見開いた3人に、拘束された杏子の頭上へ吊るされたコンテナが現れた。

「杏子……! いったい何をする気なんだ!」

「『フフフ…… よく見てみろ。コンテナを吊るした鎖にも、錨と同じ爆弾が仕掛けてあるんだよ』」
 振り返った遊戯の前に、車載クレーンを積んだトラックからグールズの手下の1人が降り立つ。
「妙な真似したら、このスイッチを押してコンテナを女の真上に落っことすぜ」
 そう言ってリモコンスイッチを見せびらかすグールズの手下に、海馬の動きが止まる。
「どこまでも汚いマネを……!」
「『貴様には貴様に相応しいデュエル場を用意した。海馬君はそこで大人しく、遊戯と城之内の最高のショーを見学して、せいぜい自分が死ぬかなまえを殺すか考えておくんだね』」
「……!」

「『そうだ、せっかくのショーだ。この女にも見せてあげなくてはね』」

 杏子の顔でマリクが笑ったあと、その首がガクリと落とされる。意識を失った杏子に遊戯が名前を叫ぶと、ぼんやりと目を開けた杏子がゆっくりと顔を上げた。
「う、───……ん、……ここは……」
 手足が拘束されて自由が利かないことに杏子が目を覚ます。
「……! ちょっと、なによこれ!」
 頭上では風が吹くたびにコンテナの金属音が軋み、目の前では海を挟んだ桟橋に遊戯と城之内が対峙している。
「遊戯…… 城之内?!」

「汚いぞマリク! 杏子を放せ!」

***

「フフフ…… そうだ、もっと苦しめ。我が一族が受けた苦しみはこんなものではない」
 千年ロッドを手にしたマリクが振り向き、なまえに目を向けた。その後ろではすっかり千年秤がサマになったリシドが立っている。

「これからもっと苦しめてやるさ…… さぁ、お前の出番だ」

 黙ったままのなまえが顔を上げて、スッと立ち上がる。テーブルに置かれたデッキを取り上げると、デュエルディスクに差し込んでその場に背を向けた。
 ドックを出ていくなまえの後ろ姿をリシドが見送る。
「リシド、街に放ったグールズの手下どもの指揮をしばらく預ける。僕は遊戯と海馬の相手をしている。だが、なにかあれば僕に伝えろ」
「はい、マリク様」
 頭を下げてリシドもドックを後にする。マリクは千年ロッドの力によって、城之内やなまえの視界からそれぞれの景色を眺めた。

「もっとだ…… もっと苦しめファラオよ。そして死ね!」

***

「そうそう忘れるところだったぜ。遊戯! 貴様が海の藻屑になるのは構わねぇが、オシリスのカードだけは残しておいてもらわねぇとな」
 マリク自身が千年ロッドで操らずとも、千年秤によってマリクの心の一部を融合させられている城之内は勝手に動いてくれていた。マリクが思っていること、やりたいこと、復讐心。全てが“城之内の意思”として行われる。マリクにとってこれほど愉快な事はない。

『(千年秤、やはりコイツを手中にしたのは正解だった。あの女が持っていたせいで闇の力が鈍っているかと思ったが…… フフフ、リシド。お前が使い熟してさえくれれば何も問題はない)』
 城之内の心に取り付いたマリクの一部を通して、マリクは遊戯を眺める。眺めているだけで城之内は事を運んでくれるのだから。

「さぁ、テメェのデッキのオシリスを出しな」
「……」
 遊戯はバックルに手をかけると、デッキホルダーの付いたベルトを取り上げた。
「神のカードはこの中に入っている」
 そしてホルダーを開け、オシリスのカードを見る。その後ろにあるもう1枚のカード…… 遊戯はそれを抜き取ってから、デッキホルダーを桟橋の上に放り投げた。

「(……真紅眼の黒龍レッドアイズ・ブラック・ドラゴン)」

 闘うしかない。このレッドアイズをデッキに入れて、真紅眼の黒龍レッドアイズ・ブラック・ドラゴンで、城之内のデュエリストとしての心を取り戻すしかない。

「フフ、これで生き残ったほうが、神のカードを手に入れられるってワケだ」
 城之内の心に取り憑いたマリクが、城之内の耳元で囁いた。遊戯を抹殺しろと。

「勝負だ、城之内君!」

「「デュエル!!!」」



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