城之内の命を賭けている時点で圧倒的に遊戯の不利だった。ここに冷静な判断どころか、そもそもデュエルというものは存在しない。
 壁モンスターの召喚が遊戯に出来る精一杯。だが禁止魔法カードを積んだ城之内のデッキの前に一方的にライフを削られるだけでなく、プレイヤーへの直接ダメージを与える禁止カードの多用で、遊戯はさらなる苦痛を体感させられる。

 《ファイヤー・ボール》の効果で直接ダメージを受けた遊戯が息を荒げ、体からは煙が上がる。たった4ターンでもうライフポイントを半分にした遊戯に、杏子が悲痛な声を上げた。

『フッフッフ、城之内のデッキには、グールズで偽造した禁止カードを大量に入れてある。通常カードでデッキを組んでいる者には、絶対勝つ事は出来ないのさ。
  仲間に葬って貰えるなら本望だろう、死ね…… 憎きファラオよ!』


「マリク様」

 背後から掛かった声に振り向けば、跪いたリシドが頭を下げている。
「遊戯の仲間が、この街に城之内の妹を連れてきたようです」
「城之内の妹……?」
 楽しいデュエルの観戦に水を刺されてほんの一瞬逆立った苛立ちも、その内容を聞けばまた不敵な笑みを増長させた。
「それは我が一族の復讐の手駒として利用価値ありだな。面白い、すぐに捕らえろ」
「はっ」

***

「どうだ? プレイヤー抹殺の禁止カード……《ファイヤー・ボール》の威力はよ?」

 苦しみに項垂れる遊戯に、城之内の冷ややかな笑いが掛けられる。
「城之内君……」
 その様に高笑いを上げる城之内。その心に取り憑いたマリクの復讐心は、城之内に囁き続けた。
『それでいい、潰せ。仲間同士で殺し合え城之内! 僕の復讐の意思を引継ぎし人形よ!』

「(本当は闘いたくない。こんなデュエルをオレたちは望んでなどいなかった…… だが闘うしかない。城之内君の中で、デュエリストの心の炎がまだ消えていないなら─── 必ず呼び覚ましてみせるぜ!)」

***

 童実野町に着いたはいいものの、杏子の携帯に繋がらず、城之内達の居場所もわからないまま本田は静香を連れて街を歩いていた。
「ごめん静香ちゃん、オレが出掛ける時にちゃんと居場所を聞いておけばよかったのにさ」
「ううん、いいんですほんださん。気にしないで」
 微笑む静香に本田の口元も緩む。
「静香ちゃん……」

「私はいま、お兄ちゃんと同じ街に来てる。同じ街の中に居るんです。だから大丈夫、きっと会えます」

 そう言った静香の背後、街路樹の影からいかにも怪しい男が姿を現す。咄嗟に本田は静香を引き寄せ、あたりを見回した。
 気が付けば既に3人の男が本田と静香を取り囲んでいる。

「テメェら何者だ! オレたちに何の用だ!」
 ただならぬ気配を察した静香が本田の腕に縋り付く。
「テメェらグールズだな?!」
「本田さん……」

 取り付く静香に目を向ける。不安げな彼女の口元に、本田は如何すべきか考える暇などなかった。
「(こんな奴らブッ飛ばすのはワケねぇが、今は静香ちゃんが先決だ!)」

「静香ちゃん、おぶされ!」
「は、はい」
 腕を引いて自分の肩に手を掛けさせると、本田はそのまま担ぎ上げた。
「しっかり捕まってろよ!」

***

「やめて! 何やってんのよ城之内!」

 すっかり意識と威勢を取り戻した杏子が声を張り上げる。
「これってどういうことなの? 城之内はグールズの仲間になったとでも言うの?!」
 理解できない状況に、ただ佇んで見ているしかできない海馬とモクバにまで噛みつき出す。モクバは困惑したまま、ただ説明できるだけの言葉を振り絞るしかない。

「城之内は─── グールズのマリクってヤツに洗脳されちまったらしいんだ。三千年も前からの一族の復讐を果たすんだって…… オレたちにもサッパリ分からないぜ」

 困惑するモクバとは対照的に、杏子はハッと息を飲んだ。そして静かに遊戯の背中へ目を向ける。
「(三千年前の復讐…… じゃあこれが、もう1人の遊戯の失われた過去にまつわる戦いなの?!)」

「ギャーギャー騒ぐんじゃねぇよ嬢ちゃん」

 知らない声に初めて杏子がグールズの手下に気がついた。クレーンの操縦席の窓から身を乗り出して、男が手にしたリモコンを掲げてニヤニヤと笑う。
「イイ子にしてねぇと、コンテナ落っことしちまうぜ?」
「……!」

 頭上を見上げれば、風で金属音を軋ませるコンテナが吊り下げられている。だが、そんな事で屈するような根性を杏子は持ち合わせてなどいなかった。

「やれるもんならやってみなさいよ!」
「なんだと?!」
「海馬君、モクバ君! アタシはどうなってもいいから、城之内達を止めて!!!」

 杏子がそうは言うものの、この状況でどうにかしろと言う方が無茶だった。モクバも海馬も、杏子の上に吊り下げられたコンテナが揺らぐだけでその背中に冷たいものを走らせる。
「そんな…… 無理だよ」
 ただそう杏子に言うしか出来ないモクバの横で、海馬が軋むほど歯噛みしてまで遊戯の動向を見守るしか出来ないでいる。

「(遊戯…… なんとか耐え凌げ。デュエリストのプライド無き、この愚かなデュエルを……!)」


 ザリ、と砂埃を磨り潰す音が海馬の背中に無言の声をかけた。もう覚悟はしていた。まだどこか、海馬に振り返るための気持ちの整理がついてはいない。
 それでも海馬は振り返った。そこに立つ者が誰であろうと、海馬は闘わなければならないと分かっている。

「なまえ……」

 潮風が赤い髪を靡かせた。風が止み、その薄暗い瞳が海馬の青い目と重ねられる。すっかり雰囲気の変わったなまえに、モクバが海馬のコートの裾を掴んでその影に隠れた。

「待たせたかしら」

 フッと笑う彼女がこうまで恐ろしいと感じたのは初めてだった。



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