海馬となまえのタイマーも刻々と時を刻んでいる。いざなまえと城之内の2人が正気に戻ったところで、まだ杏子という確実な人質がいるのだ。海馬が襟の通信機でほんの数言だけ指示した事─── チラリと下へ目を向ければ、モクバがこちらを見上げていた。
「(あとは任せたぞ、モクバ───)」
次第に近付いてきた音が背後の倉庫を越えたとき、それは突然のプロペラの轟音となってグールズの手下の目を引いた。
「───!!!」
驚いたように顔を上げたのはなまえや遊戯達も同じだったが、本田や御伽はその隙を突いてグールズの手下に襲い掛かる。リモート操縦により無人で飛ぶ海馬コーポレーションのヘリは、杏子の頭上にコンテナを吊すクレーンに足を引っ掛けて海へと共にひっくり返って沈んでいった。
海中で爆発した爆弾に、海馬やなまえと同じ目線ほどまで水柱が上がる。その水飛沫の中を本田やモクバ達が走り、遠目ながら杏子が解放されたのが見えた。
モクバが海馬に手を振っている。これでもう本当にしがらみは無くなった。海馬は小さく鼻で笑うと、再びなまえに向き合った。
海面を赤紫に染め、空は水平線と並行して赤い橋を掛けていた。その中で同じ色の瞳が、それぞれに決心を固めて目の前の大切な人に対峙している。
***
城之内は心の中でマリクと闘い、遊戯は遊戯の力で城之内との友情を守るために自分自身と闘った。そして彼らもまた勝利した。
「なぜオレ達は闘ってるんだ……?」
首に下げられた千年パズルを手に、意識を取り戻した城之内が遊戯を見つめる。だが遊戯は涙を溜めた目の顔を横に振るだけで、微笑み返す。
「城之内君、もういいんだ。僕たちの戦いは終わったよ」
フィールドでは
罠カード《精霊の鏡》によって、《デス・メテオ》の効果対象の選択フェイズで時間を止めている。この僅かに残された4分弱で、遊戯は伝えられるだけ伝えようと笑った。
***
「私のターン、ドロー!」
(手札2→3)
魔法カードばかりが並ぶ手札に自然と笑みが溢れる。魔法使い族しか使わなかった私が、自分では絶対に組み込まなかった昆虫族モンスターをフィールドに置いて、海馬という宿敵を相手にしている。
それでも魔法カードばかり手札に呼び込めたのは、きっと、かつてマジシャンズ・クイーンなんて呼ばれた私の最後の役目に相応しいものだ。
だから誇らしく思わなくては。どんなデッキでさえ、信じれば応えてくれるのだという事実に。
「手札から
魔法カード《月の書》を発動。ニードル・ワームを再び裏守備表にし、さらに手札から《太陽の書》を発動! ニードル・ワームを表側攻撃表示にすることで、ニードル・ワームのリバース効果発動!
海馬、デッキを上から5枚捨てなさい」
(手札3→1)
「貴様、なにをするつもりだ」
「……」
これで海馬のデッキはあと5枚。なまえもあと7枚。
「海馬…… このターンで終わりにしてあげるわ。それがどんな形であれ、私は後悔なんかしない。だから、……海馬も、私の選んだ道を、どうか間違いだなんて言わないで」
「……!」
腕を下ろして立つなまえの、デュエルディスクを付けた手が握る最後の1枚の手札。震える体が死を前にして恐れているものだと悟るのに、そう時間は掛からなかった。
「なまえ……?」
「
魔法カード《手札抹殺》! 互いのプレイヤーは手札を全て捨てて、デッキから同じ枚数をドローする」
海馬の手札は4枚。手札抹殺によって4枚ドローし、残されたデッキはこれでたったの残り1枚。
「(まさかデッキを互いに破壊尽くして引き分けに持っていくつもりか……?!)」
だがなまえのデッキはまだ6枚残っている。困惑を隠せない海馬に、なまえはフッと笑った。
「安心して。私は絶対にあなたを死なせない」
***
「僕が《精霊の鏡》を出したのは、ほんの少しだけ時間が欲しかったんだ。……最後に言い残すことがないように」
「最後?」
遊戯の揺らぐ紫の瞳に、城之内が震える。
今は海の風ひとつですら雑音のように城之内の頭をかき乱した。ただ集中して遊戯の言葉に目を見張る。
「城之内君、キミは僕が1人ぼっちじゃないって事を、そして勇気を教えてくれた大切な親友だ。
───城之内君、大好きだ」
「……遊戯!」
どちらともなくボロっと溢れた涙を先に飲み込んだのは遊戯だった。もうその紫の瞳が決めた心は覆らない。
「精霊よ! デス・メテオの攻撃対象は僕だ!!!」
***
これが最後のリバーストラップ。なまえは目を閉じて腕を上げた。
罠カード《ラストバトル》!
「このカードは、自分フィールドのモンスター1体のみを残し、残るフィールド上のカードと互いの手札全てを破壊する!
その後相手プレイヤーは“残ったデッキから”モンスター1体を、召喚条件を無視してフィールドに特殊召喚し、私がフィールドに残したモンスターと、強制的にバトルをしなければならない!
この戦闘によって、最後に残ったモンスターのコントローラーであるプレイヤーが勝利する!」
「……! そのためにわざとデッキを破壊したのか!」
そう、全て確信していた。ここまで海馬のデッキを削らなければ、彼はきっと私が勝つようにカードを選ぶだろう。だから私はデッキを最後の1枚になるまで削った。その最後の1枚こそが海馬のこれから生きるべき道。私が唯一海馬に与えられるもの。
「私は絶対に海馬を死なせたりしない。私は信じている。もしこれが私と海馬の宿命の終着点だとするならば、海馬のデッキに残された最後の一枚
……神は必ず応える!!!」
海馬のデッキに眠っていた神はいま揺り起こされるはず。それは神の意思、そして私の意思。全ては海馬瀬人という男が生き残る事を願った私がなすべきこと。
「私が選択するのは……《ニードル・ワーム》、攻撃表示!
さぁ最後のカードをドローしなさい! 私があなたを選んだことが正しかったって証明してみせなさい!!! 海馬瀬人!!!」
フィールドのニードル・ワーム以外のモンスター、シャドール・ネフィリムと
青眼の究極竜、そして伏せカードも手札も全て墓地へと送られた。
いま、海馬となまえの間には何もない。ただ海馬が引く、ただ1枚残された最後のカードが全ての答えになる。
馬鹿げた賭けだったと言われたら、きっとそうだっと思う。だけどなまえは確信していた。それは海馬も。
だが海馬は初めてここに来て、
魔法か
罠カードであってくれと願った。神のカードなど手放したっていい。
なまえの命を犠牲にしてまで生き残れというのか?
……そうだとも。そのデッキの最後の1枚に指が触れた瞬間、確かに海馬の耳元で何かがそう囁いた。
───この女の命を奪うのは、お前の意思でもあるのだと。
「くっ……! ───ッ オレの最後のカード、それは……!」
《オベリスクの巨神兵》(★10・攻/4000 守/4000)
神には
罠も
魔法も1ターンしか効かない。だがなまえにとっては、この1ターンで充分だった。
条件を無視して召喚された《オベリスクの巨神兵》、まさに神の写し身との接触。空気を震わせ、なまえの髪をはためかせる。海馬の背後から全てを覆うように現れた神に、なまえはただ心静かにそれを見上げた。
「運命は、神は証明した。オベリスクに真に選ばれたのは海馬よ」
「よせ」
タイマーはあと1分24秒。もう何も海馬に伝える事はないと思っていたのに、ここへ来て言葉が足りないほどの思いが体を重くした。口を開けたくても、もう何から言っていいかわからない。ただ自分が伝えたかった事。
「……ねぇ聞いて。私もあなたと一緒に歩いていたかった。恥ずかしくて、周りから何か言われるのが嫌で、私はあなたから逃げるようになってたけど……
本当は海馬の隣を歩けることがとても嬉しかった」
「……!」
「……ありがとう。大好きよ。私も愛してるわ」
タイマーが40秒を切る。なまえは真っ直ぐに海馬を見つめたまま腕を振り上げた。
決して涙を溢したりはしなかった。ただ優しく微笑むことが、なまえの見せる最後のプライド。どちらともなく震えて吐き出した息を先に飲み込んだのはなまえだった。もうその紫の瞳が決めた心は覆らない。
「《ラストバトル》の効果! 強制バトルフェイズ!」
「よせ、なまえ───!!!」
「オベリスクよ、私の心臓を打ち抜くがいい!!!」
オベリスクが雄叫びをあげながら腕を振り上げる。その拳が自分の眼前に迫る瞬間を、なまえは少したりとも目を離さずに受け入れた。
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