誰かに守ってもらうことが大嫌いだった。

 でも誰かが守ってくれなければ、私は生きていけない。疎遠な家族からの経済支援、ブラック・マジシャンや魔導士達からの加護、千年秤による抑制力、ちょっとした食事や掃除洗濯まで、私はまだ“大人”からの義務による保護が無ければ生きられない。

 それが嫌だった。だけど、守られているからこそそんな事が言えるのだとも知っていた。

 ……私は憧れていたのかもしれない。ひとりで立って歩ける、あなたのこと。


「オレはまだエンド宣言をしていない。カードを3枚伏せる。さあ、お前のターンだ!」
(手札3→0)

「(……これで互いに手札は0。もしこれが宿命の闘いになるなら、私は、……私は!)」
 チラリと海馬の頭上に吊るされた起爆装置を見上げた。タイマーの残り時間はあと8分36秒。そんなにターンを費やす事はできない。

 いまセットされているデッキは、いつもの魔導士達のデッキじゃない。私を守るものは何もない。いったいどんなカードでデッキが構成されているかさえ分からない。
 何もない。いまあるのは、私の意志と力だけ。でもなにをするべきか、なにを為すべきかは理解している。……それだけでいい。

 海馬もなまえの頭上にある起爆装置のタイマーをチラリと見上げた。もう時間はない。
 ふと杏子の方を見下す。起爆装置のリモコンを握るグールズの手下は、杏子の上に吊るしたコンテナ重機のすぐ近くにいる。

「……」
 賭けるしかない。

 ジッと見つめ合う海馬が、ふと襟に手を伸ばしたのが見えた。僅かだが唇も動いている。……通信機で、なにか話しているらしい。
 なまえはそこでやっと眼下を見下ろした。足がすくむほどの高さを堪えて目を細めれば、海の上の桟橋で遊戯と城之内もデュエルをしている。同じ高さまで吊り上げられたコンテナの下には杏子が椅子に座らされ、こちらを見上げたり遊戯達のデュエルを見たりしているモクバ、本田……それに舞や御伽、もう1人知らない女の子。

 私が知らない間に、想像以上に大きなことになっていた。
 海馬はこの大会の主催者でもある。きっとなにか手を打つつもりなのだろうと察する。


 風で揺れる足元に膝が震える。デッキに乗せた中指が震える。それでも心は決まっていた。ならば、私はそれに従う。
「……私のターン」
 だから答えて欲しい。たとえどんなデッキだとしても、今は私のデッキ。私のカード。ならば、このカードを信じる私の心に、カードも必ず応えてくれる。

「ドロー!」

 震える冷たい手でカードを見た。そしてなまえは直感した。命に代えてでも海馬に報いなければならない、そう天が命じたのだと。
 いま手札に舞い込んだたった1枚のカード、これが全ての始まり、そして終わり。


魔法マジックカード《天よりの宝札》! 互いのプレイヤーは、手札が6枚になるようカードをドローする!」

「(……! このタイミングで)」
 海馬は思わず息を飲んだ。少しためらったあと、デッキからカードを6枚ドローする。

なまえ(手札 0→6/ LP:2200)
海馬(手札 0→6/ LP:250)

 手札を見て戸惑いを隠せなかったのは、海馬だけではなかった。なまえが今まで魔導書以外のデッキで闘ったのは、数が知れている。使い慣れていないカードばかり揃った手札に唇を噛むが、それでも自分の持ち得る知恵を絞って、自分がどうすべきかを考えた。

 何をすべきかはわかっている。結果ありきのゲームに持ち込めればそれでいい。……きっと、そうなるようにデッキも答えたのだ。だから、こんなカードばかりが揃った。
 皮肉なものだとも思う。もし完全に自分で組んだデッキだったならば、こんな巡り合わせの手札など舞い込むことなどなかっただろう。

「私はモンスターを裏守備表示で召喚。リバースカードを3枚セットしてターンエンド」
(手札6→2)

「(またリバース効果付きのモンスターか……?)」
 さらに伏せカードが3枚。なまえが何を狙っているのか海馬には考えが及ばない。それでも、どんな状況であれ全力で挑む事がせめてもの手向け。

「オレのターン!」
(手札6→7)

「手札から魔法マジックカード《竜の霊廟》、発動!
  デッキからドラゴン族1体を墓地に送り、そのカードが通常モンスターだった場合、さらにもう1体の通常ドラゴン族モンスターを墓地に送ることができる。
  オレはデッキから2体のブルーアイズを墓地に送り、
  さらに手札から、魔法マジックカード《龍の鏡ドラゴンズ・ミラー》を発動!
  オレは墓地にいる2体のブルーアイズと、フィールドのブルーアイズをゲームから除外することで、《青眼の究極竜ブルーアイズ・アルティメット・ドラゴン》を融合召喚!」
(手札7→5)
 《青眼の究極竜ブルーアイズ・アルティメット・ドラゴン》(★12・攻/4500 守/3800)

「……アルティメット・ドラゴン!」
 ネフィリムを前に咆哮を上げるアルティメットの威圧感が、なまえの乗るゴンドラの金属をビリビリと戦慄かせた。それは靴底を通じて足に伝わり、最強を誇る竜の咆哮はなまえの髪をも後ろへとなぎ払う。

「リバーストラップ発動!《砂漠の光》!
  自分フィールド上のモンスターを全て表側守備表示にする! 《エルシャドール・ネフィリム》を守備表示に、……そして、裏側守備表示で出していた、《ニードル・ワーム》(★2・攻/750 守/600)のリバース効果を発動!
  相手のデッキの上から5枚のカードを墓地へ捨てさせる!」

「……! デッキ破壊モンスター?!」
「さぁ、5枚のカードを捨てなさい」
「くっ、……ならばアルティメットの攻撃! ───」
「リバースカードオープン! トラップカード《威嚇する咆哮》! このターン、相手は攻撃宣言できない」
 次から次へとフェイズを潰されて海馬が歯軋りする。このターンを逃せば、フィールドに出ているネフィリムの「ダメージを無視してモンスターを破壊する」効果がある限りアルティメットドラゴンと言えど手出しができない。

「フン…… カードを1枚セット。ターン終了だ」
(手札 4/ LP:250)

 伏せカードはこれで4枚。《魔法再生》と《非常食》、そして《破壊輪》と《防御輪》を伏せた。どう転んでもアルティメットを場に残せ、どちらの伏せカードコンボを仕掛けても使わなかった方が確実に非常食でライフ回復のコストに利用できる。
 一方気掛かりがあるならば、なまえが1枚だけ残したリバースカード。

「(なまえ、早まってこのターンで決着をつけようなどと考えるな)」

 こめかみを冷たい汗が一筋流れた。苛立ちを抑えながら耳を欹てて周囲の音を探る。
「(遅い! まだか……?!)」
「……」
 海馬がなにかを待っている。それはなまえにも見て取れた。タイマーはあと4分50秒を切った。海馬のことだ、2人とも助かる方法を行き当たりばったりだとしても考えているのだろう。


 ───誰かに守ってもらうことが大嫌いだった。

 でも誰かが守ってくれなければ、私は生きていけない。それが嫌だった。でも守られているからこそそんな事が言えるのだとも知っていた。……だからこそ、私はあなたに憧れていた。

 だけど今は何もない。あるのは私の意志と力だけ。でもなにをするべきか、なにを為すべきかは理解している。……それだけでいい。

「(……海馬、私は決してあなたを死なせたりはしない。2人で生き残る不確定な賭けをするのなら─── 私は……私の命を賭けて、確実にあなたを救う道を選ぶ!)」



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