無言に響くヘリの機体の振動。自分の体が震えているのはそれだけが原因じゃない。
 天高く聳える積乱雲に、いつまで経っても振り下ろされない雷を待って見上げるちっぽけな人間。恐れと、焦りと、ほんの僅かな期待感。もちろん打たれたいわけじゃない。ただ、早く済ませてってこと。

「貴様もデュエリストだったな」

「……、」
 言葉に詰まった。その反応に嘲笑するかのように目を細めた海馬に、なまえはデュエルディスクをさらにグッと抱き締める。

 なにを当たり前のことを言っているんだ。
 そう思っても口にはしない。火に油を注ぎかねないから。

 つい30分足らず前にお互いの気持ちを知ったうえでこの状況に至ってしまった事について、なまえはまだ弁明しかねていた。
 決して故意だったわけではないし、衝動的で、事故みたいなものだった。しかし海馬の行動が、デュエリストである以前に人間であるが故のものであったと知っている。……海馬という完璧主義の男が初めて見せたその顔が、自分という存在によるものなのだとも。人一倍プライドの高い海馬を考えれば、そんな顔をさせておいて平手打ちした自分の仕打ちにひどい罪悪感を感じていた。

「(なんでこんな時に、らしくない事するのよ……)」
 自分への忌々しさと、どうしようもなく込み上げる愛情に視界が揺らぎ、滲む。海馬には別の意味で映っているだろう。でもそれでいい。その反応こそ、私がどんなに海馬という男を愛してしまったのかをまだ知られていない事の証左だ。
 どちらにせよ、海馬を平手打ちしてしまった過去はもう変えられない。海馬が衝動的に報復行動を起こさないで何か考えてくれているだけ、きっと自分への告白は事実だったのだろう。でもきっとこれで終わり。


「……わかった。オレはもう何も言わん。……いや、オレ自身が闘いの道を選んだ以上、最初から貴様が闘いの道を選んだことを咎められるものではなかった」
「え、」
 意外な物言いに思わず声が漏れた。不服そうではあるにしろ、一度折れた海馬は、もうなまえに「大会から降りろ」と言うつもりはないらしい。
 やっと顔を逸らした海馬になまえの肩の力が抜ける。だがホッとしたのも束の間、平手打ちの報復だと言わんばかりに右の頬を抓られた。

「痛い痛い痛い痛い!」
「フン」

 気が済んだのかベッと離されるなり、海馬が鼻で笑う。ジンジンと痛む頬を押さえながら睨みつけると、海馬はもう元の平然とした顔に戻っていた。
「……!」

 ……え? これだけ?

 顔にそう書いてしまったのだろう。何を言いたいのか感じ取ったらしい海馬が、嫌味ったらしく腕を組んでもう一度鼻で笑った。
「もっと別の仕置きが必要だったか?」
「寛大なご配慮有り難く存じマス」

 フイッと顔を背けたところで、今度は耳を引っ張られた。

***

「残念だったな」

 濃紫色の闇に終焉の鐘の音が響き渡る。獏良は呆然とその場にへたり込む3人組の男たちを見下ろしていた。
「さぁ、地獄に落ちる時間だぜ?」

 闇人格の獏良は街で気の弱そうな男からデュエルディスクと1枚のパズルカードを強奪し、そしてこの墓地でデュエルディスクとパズルカードの強奪をしていたゴースト骨塚を始めとする3人組を相手にデュエルを行った。
 獏良に仕掛けられた闇のゲーム。それに敗北した3人に、獏良は容赦なく罰を与える。

 どこへ行き着くかもわからない泥のような闇が3人を捕らえ、引き摺り込んでいく。男達の悲鳴も獏良には笑いを堪える対象でしかなかった。
 たったひとつ取り残された骨塚のデュエルディスクに歩み寄り、拾い上げる。

 この1度のゲームで獏良は6枚のパズルカードを手に入れた。地を這うような笑い声が墓地を震わせる。

「待ってろよ遊戯、マリク…… フフフ……アハハハハハ」

***

「オレ達より先に決勝に勝ち進んだヤツはいるのかな?」
「さぁ、行ってみなきゃわかんないわね」

 明らかに定員オーバーのオープンカーが倉庫街を走り抜ける。向かう先はまだ新しい埠頭に海馬コーポレーションが建設中の、童実野スタジアム。そこが6枚のパズルカードが示す結晶の場だった。

 後部座席のドアに腰掛けるだけの本田と御伽にも構わず、舞は通行人も警察もいない事を良い事にアクセルをベタ踏みして飛ばしていた。その背後から迫る轟音に遊戯達が空を見上げれば、KCとロゴペイントされたヘリが頭上を過ぎ去る。


「(……! 舞さんの車)」

 なまえが窓に手をやって下を覗き込む。見覚えのある車をすっかり追い越してしまって、窓に張り付いて後ろを見るなまえにモクバも窓を覗いた。
「兄様、遊戯達だぜ」
「フン、オレの進む闘いのロード…… その足跡でも辿るが良い。ノロマな弱者ども!」
「(なんでコイツの事好きになったんだろう……)」

 背後で高笑いをする海馬になまえがため息を漏らした。


「おい、海馬に抜かれたぞ!」
 喚く城之内には、流石の舞もなまえと同じことを考えていたかもしれない。
「バーカ! ヘリに勝てるわけないでしょ?!」

 騒ぐ周りに気を向けることもなく、表の人格の方の遊戯が過ぎ去るヘリを見送った。

「(いよいよ来たんだ。……この先が、バトルシティ決勝の舞台!)」



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