「……なん、て?」
 なまえは聞き返した。

「決勝トーナメント出場権を賭けて、わたくしとデュエルして頂きたいと言ったのです。
  勝ち残った方が決勝に進み、……もちろんデュエル中に他の出場者が現れれば、互いに退く。それなら、そこの主催者である瀬人も納得して下さるでしょう」
 イシズは現実味を与えるつもりなのか、デュエルディスクをその場で起動させた。イシズのフィールドのソリッドビジョンシステムが作動するのを前にして、なまえは唇を噛んでデッキホルダーに手を伸ばす。

「私はこの千年タウクによって、ここまでの未来は見通していました。この場でなまえさんに挑む事こそが、私に与えられた宿命! ……ですが、千年タウクが見せた未来はここに至るまでのところまで。
  私にはもう分かっています。あなた達がが互いを選び、結ばれたのも全て定められたままの道。全ては千年タウクが見せたまま進んでいる。」

 海馬の肩が思わず揺れた。急にそんなことを言い当てられた事がよほど気に障ったのか、海馬はなまえをチラリと見る。

「私達は三千年の長き月日、王家の谷を守り続けてきた墓守の一族の末裔。そしてマリクこそが、わたくしの弟! 闇に生き続けたマリクは、墓守の一族がお守りしてきたファラオの魂に復讐を考え、グールズの総帥として多くの罪を重ねてきました。……もちろんそれも許されるものではありません。しかし、マリクにはそれ以上の脅威が宿っているのです。マリクが名も無きファラオと闘うためにこのトーナメントへ乗り込むと言うならば、私は弟と差し違える覚悟で、何としても決勝トーナメントに挑みます」

「(グールズのマリクが、このひとの弟?!)」
 遊戯や城之内に起こった騒めきに反して、いざ向き合っている海馬やなまえは静かだった。それどころか、海馬は鼻で笑いさえする。
「……覚悟の程は分かった。だが気に入らんな! このオレをダシに使い、その上貴様はなまえに勝つつもりでいる。マリクというヤツが貴様にとってどんな存在かは知らんが、三千年前がどうのオカルトグッズがこうだのと…… 弟を持つ身で相応の覚悟を語るなら、そんなチンケな御託を並べずハッキリと物事を語ったらどうだ!」

「(セト、あなたが千年アイテムを拒絶し、忌み嫌うことも定められた道。いずれあなたにも運命は訪れる)」

 イシズは答えずに沈黙を返した。一筋の風がその沈黙の間を駆け抜ける。イシズの白いベール、そしてなまえの赤い髪が互いの肩を再び抱いたとき、なまえは海馬を横切って前に踏み出す。

「なまえ……」
 遊戯がそう呟いたのを杏子は聞き逃さなかった。その声がいつもの遊戯のものなのか、それとももう1人の遊戯のものなのか…… 後ろ姿しか見えない杏子には分からない。
 それでも、なまえがデッキホルダーからカードを抜き取ったことだけは全員がハッキリと見ていた。

 パラッ……と手の中で軽く広げると、なまえは黙々とカードを入れ替える。その手元を眺めながら、イシズも既に起動してあるデュエルディスクを嵌めた左腕でマントの裾を払った。
わたくしの挑戦を受けて下さるのですね」
「……」
「あなたも気付いているはずです。……それも私と最初に会った時から。私達は闘う運命にあると」

「私はもう運命とか決まった道とかに振り回されるのは御免だわ」

 組み直したデッキをデュエルディスクにセットすると、なまえはディスクを起動する前にもう一度イシズに向き合った。ハッキリとした物言いに海馬の口元が緩むが、その顔はなまえには見えていない。

 不思議な気持ちだった。千年秤を手放したからか体が軽い。……いや、それよりも───

 『(お前に、もう“これ”は必要ない)』

 顔だけ振り向いて少し遠くに立つ遊戯を見た。表の人格の遊戯が困惑した目でなまえを見つめかえす。小さくフッと笑うと、なまえはデュエルディスクを起動した。

「千年秤が私の元を去った今、私は私の意思で未来を選ぶ。カードによって切り開かなければいけない道があると言うのなら、私は闘って自ら勝ち取る。……それだけよ」
 イシズの心にあるものをなまえはまだ知らない。でも、その目が何か深いものがあると既に物語っていると感じている。
「(今私が貴女に挑むのは、私自らに与えられた預言、そして宿命の闘い! 運命に導かれ、どちらが勝ち残るかで全ての未来が変わるのです。それが名もなきファラオの目覚めに導かれて集った私たちの宿命。マリクを止めるため貴女に勝ち、私が未来を変えてみせます!)」


「「デュエル!!!」」


イシズ(手札 5/ LP:4000)
なまえ(手札 5/ LP:4000)

 2人の決闘宣言を誰も止めることはできなかった。スタジアムのライトが照りつける中で、イシズとなまえは向き合う。
 どうしてか、体を震わせるほどの鼓動になまえの息が少し上がった。なにをこんなに緊張しているのか、自分でもよくわからない。


わたくしの先行」
 カードを引くイシズの手、その向こうで輝く千年タウクのウジャド眼になまえは息を飲む。

「ドロー
(手札5→6)

 手札から《墓守の司令官》の効果を発動します。このカードを墓地へ送り、デッキから魔法カードを手札に加えます。
 モンスターを裏守備表示で召喚し、カードを1枚伏せてターンエンド」
(手札6→4)


「私のターン(手札5→6)
 手札から《魔導法士ジュノン》の効果発動! 相手プレイヤーに手札の魔導書と名のつく魔法カードを3枚見せる事で、このモンスターを特殊召喚する!」
 フィールドに《ルドラの魔導書》 《魔導書整理》《ヒュグロの魔導書》の3枚が並べられ、それらを統べる魔導士が召喚された。

「《魔導法士ジュノン》(★7・攻/2500 守/2100)攻撃表示!

 そして《ルドラの魔導書》発動。手札から《魔導書整理》を捨てて、デッキからカードを2枚ドローする。
(手札6→5→3→5)
 リバースカード2枚をセットし、さらに手札から《ヒュグロの魔導書》を発動!」
 (手札5→2)

 魔導法士ジュノン(攻/2500→3500)


「(これで手札の開示コストを使い切ったか)」
 黙って腕を組んだまま眺める海馬。気が付けば遊戯たちも近くまで寄ってデュエルを観戦している。
「アイツ、いつもと全然気迫が違ぇ……」
「決勝トーナメントの進出が懸ってるんだ。あのイシズってひとも、今までのデュエリストとは、オーラが全然違う。なまえちゃんもそれをわかってるのさ」
 城之内に御伽が答える横で、遊戯がジッとなまえを見つめていた。


「ジュノンで裏守備モンスターに攻撃!」

 イシズのフィールドから裏守備モンスターが反転し、撃破される。だが砕け散ったモンスターのビジョンの中で、イシズは淡々として立っていた。

わたくしの守備モンスターは《墓守の偵察者》! あなたの攻撃宣言によりリバース効果を発動し、デッキから《墓守と名のつくモンスター》を一体特殊召喚します」
「(墓守……?!)」
わたくしは《墓守の祈祷師》(★6・攻/1500 守/1500)を特殊召喚! さらに、墓地に眠る墓守1体につき、200ポイント攻撃力が上がります」

 墓守の祈祷師(攻/1500→1900)

「モンスターを破壊した事でヒュグロの魔導書の効果を発動。私はデッキから、魔導書と名のつく魔法カードを1枚手札に加えてターンエンドよ」
(手札2→3)


わたくしのターン、ドロー。
(手札4→5)
 リバースカードを2枚セット致します。
 そして魔法カードを発動……《墓穴の道連れ》!」
(手札5→3→2)

「……!」

「互いの手札を確認し、その中からカードを1枚捨てさせ、その後デッキから1枚ドローするカード。さあ、お見せなさい」
「くっ……! そのために先にリバースを……!」
 なまえは渋々手札を開示した。3枚の手札、《ヒュグロの魔導書》《魔導召喚士テンペル》《グリモの魔導書》がイシズの前に提示される。

「……《魔導召喚士テンペル》を、お捨てなさい」
 思わず舌打ちしたなまえに、イシズは小さく笑う。
「あなたの手札は?」
「どうぞ」
 なんとなく予想はしていたが、なまえはさらに顔を顰めた。イシズが提示した2枚の手札、それは《ダグラの剣》が2枚。戦術を知られ、手札を1枚捨てる事になる《墓穴の道連れ》のディスアドバンテージを、イシズは最小限に留めたのだ。

「……どちらでもいいわ」
 屈辱以外の何ものでもない。イシズがカードを捨てたあと、2人は互いにデッキから1枚ドローする。
なまえ(手札3→2→3)
イシズ(手札2→1→2)

「では、私は伏せていたカードを発動します。

 ───フィールド魔法《王家の眠る谷》!」

「───!」
 開かれたカードに思わず息を飲んだなまえの足下が揺れる。ソリッドビジョンによって見せられているはずの幻想が、いま確かに空気を震わせ、スタジアムに巨大な断崖が聳え立った。

「千年タウクが見せた、わたくしと貴女の“つける事ができなかった決着”を果たすため、私は墓守の女として貴女に勝つ!」


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