現れたモンスターに、イシズは一瞬息が止まった。

「ブラック・マジシャン、生還!!!」


 ───女として、妻として、夫や子供のためならばわたくしはこの命もいりません。

 誰かがそう感じた深い感情に、イシズの瞳が揺らいだ。決して自分のものではない、湧き上がるそれらから目を逸らすことが出来ないでいる。この胸に抱え込んだ十字架が違っていても、感じる痛みと本質は同じ。
「(ブラック・マジシャン───)」
 あなたは既にこの魂から離れ、運命を違えた者。神に忠義を尽くし、心酔したがために自らまでも人間である事をやめたひと。

「《ブラック・マジシャン》で、《墓守の巫女》を攻撃!」

 イシズとブラック・マジシャンの目は確かに重なっていた。イシズの目を見たまま《墓守の巫女》を破壊するその目が、もう二度と運命を分かち合えない者同士であるのだとイシズの魂に言って聞かせる。
 あぁ、彼女に深く眠る王妃の魂よ。……私が貴女からその魔術師を奪ったと言うのなら、貴女も最期には私からその魔術師を奪った。どうかわたくしだけを愛して、そう口にしていたら、現世でそのカードを従えていたのは私だったろうか。

「さらに、《魔導書士バテル》でプレイヤーにダイレクト・アタック!」
「うぅ……!」

イシズ(LP:500)

 外野から一度は上がる歓喜の声に、イシズはまだ淡々となまえに向き直った。───次のターンの引きで決する。それはなまえも理解していた。互いのライフは互角の500ずつ。だがなまえのフィールドには、攻撃力たった500の《魔導書士バテル》が、攻撃表示になっている。

わたくしのターン」

 運命よ、墓守の女に光を───!

「ドロー」
(手札3→4)

***

 ───私はあなたを取り戻す。

 ハッとして顔を上げても、そこにあるのは迷宮のままの自分のへや。聞き覚えのある声の囁きに遊戯は見える限りの迷宮の中を見渡しても、そもそもここに、表の人格の方の遊戯以外、誰かが足を踏み入れた事などない。
『(───いや、)』
 もうひとり、シャーディーと名乗った千年錠の所有者もいた。だが千年アイテムの干渉がなければ、どちらにせよここで誰かの気配などあるはずもないのだ。

 ひどく寒々しく、寂しい。

 ずっと自分に足りないものを探していたような気がする。今はそれが自分の記憶だと思い定めて、そのために闘っている。失われた記憶の中に、この迷宮を解き明かすものが、必ずある───

 ───そのためならば、この世界を再び壊してしまっても構わない

 ゾッとしてもう一度背後に振り返った。そこにあるのはただ一枚の扉だけ。それがどうしてか、遊戯には背中を指で撫でられるような寒気を感じる。

『……』
 一歩ずつ足を踏み出し、ドアノブに手をかける。
 自分の心の部屋の一部だ。一体何を恐れるものがある?

 鈍く軋んだ金属音に開け放たれた扉。そこにはまた続く迷宮があるだけだった。部屋でもなく、ただ広がり続ける迷宮に、遊戯の目蓋は重くなる。
 ため息をついて扉を閉めた。

 心は表の遊戯を伝って騒めいている。外では、なまえがあのイシズとデュエルをしているはずだ。何があったのかと天を見上げれば、表の遊戯の視界からブラック・マジシャンを従えたなまえの姿が見えた。
 その横顔が、石盤に描かれていた女のものと重ねられる。
『───なまえ』

***

 イシズはドローしたカードに、僅かに目を見開いた。

「モンスターを裏守備表示で召喚します」

 その一瞬の機微をなまえも見逃してなどいない。ひとまず攻撃してこないと分かるや外野は息をついていたが、なまえはもちろん遊戯と海馬も、じっとその伏せられたモンスターに目を細める。

 引いたカードは《墓守の呪術師》、その攻撃力は800。ここで召喚して《魔導書士バテル》を撃破したところで、なまえから削れるライフダメージは300。次のターンには、《ブラック・マジシャン》からの攻撃対象にされてしまう。

「(ですが裏守備で出した事で……このモンスターが反転した瞬間、モンスター効果が発動する。そして、───貴女は敗北を迎える!)」

 《墓守の呪術師》のリバース効果、それは、モンスターが反転した瞬間、相手プレイヤーに500のライフダメージを与えるもの。
「(さぁ、次のターンで攻撃なさい!)」
 イシズはカードに目を落とす。

「さらにリバースカードをセットし、ターン終了です」
(手札4→2)


「私のターン」
 裏守備モンスターにリバースカード。どちらが“本命”か? 冷や汗の流れる首に風が吹き、ただ寒気だけがなまえを覆う。指を触れたデッキに目を向け、ただカードが応えてくれるのを信じるしかなかった。

「ドロー」
(手札0→1)

「……!」
 引いたカードに小さく息を飲む。そしてイシズのフィールドに目をやると、静かにデュエルディスクへそのカードを差し込んだ。

「カードをセット。……モンスターを攻撃表示のままターンエンドよ」


「なにやってんだよアイツ!」
 城之内が騒ぐのも、なまえはただ黙して聞き流す。風だけがなまえとイシズの髪を撫で、ショールを揺らし、ただその時が来るのを待った。

「そろそろ、このデュエルも結末を迎えるようですね」
「それは千年タウクの未来予知?」
 フッと笑ったイシズが顔を下げた。
「いいえ、わたくしの、デュエリストとしての勘、でしょうか」
 なまえもフッと笑って、ブラック・マジシャンを見上げた。

「私もそう思うわ」

「(但し、それは貴女の───)」
「(───敗北によって決する!)」



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