「大っきな窓〜」
「これなら素敵な眺めが見られるわね」
 静香や杏子が船内ロビーの大窓に駆け寄る。そのあとを城之内を先頭に、遊戯と舞、本田と御伽が続き、最後になまえとイシズが並んで少し離れた所に立ち止まった。

 決勝トーナメント出場を勝ち取りIDカードを受け取ったのは、No.1 海馬瀬人、No.2 武藤遊戯、No.3 城之内克也、No.4 孔雀舞、No.5 みょうじなまえ。残る3人を待っての出航を前に、其々の出場者は乗船した。その“応援団”は、モクバと海馬のお目溢しとして乗り込む。
 イシズもまた、海馬のお目溢しを受けた。


 ───「わたくしの役目は終わりました。マリクの運命も、墓守の一族の未来も、全てはあなた達に託されました。わたくしにこの船に乗る資格はありません」

 イシズはそう言って背を向けようとした。それを遊戯が呼び止めるより先に、なまえの手がイシズの腕を掴む。
「……あ、」
 どうしてそんな事をしたのか自分でもよく分かっていなかった。ただ、考えるより先に身体が動いたのだ。でも言葉は簡単に出てくる。デュエルのあいだ中、ずっと腹に抱えていた。

「あなたは、……どうして未来を信じないの」

「……!」
「何もかも運命で決まっていると言って、千年タウクで見通せる限りのこと以外は決して信じようとしない。あなたを絶望させている“それ”は何?」
 腕を掴んだまま、なまえはもう片方の手で千年タウクのウジャド眼を指差す。イシズは咄嗟に千年タウクに触れて、まるでそのまなこを閉ざすように隠した。

「あなたは誰の意思で闘っているの? 全てを運命に任せて、それであなたが望むものは手に入るの?」

 自分の望むもの。
「(───マリク、……)」
 戸惑いかけた自分を振り払うようにイシズは目を閉じた。千年タウクを初めてこの首にしたときに見た光景、そしてシャーディーの言葉。あれ以来、全て闇の系譜に従いイシズは生きてきた。はたしてそこに、自分が介在する余地があっただろうか。

わたくしにとって、意思の所在はどうでも良いのです。運命とは家路を帰るようなもの。定められた道を行き、寄り道をするだけ、本来行くべき場所を失ってしまう。運命を頑なに否定する貴女こそ、心の何処かで、運命を感じているのではありませんか?」
 イシズの目が、なまえの随分と後ろに向けられる。振り返らなくても、それが海馬に向けられたものだと分かっていた。

「私が誰を好きになっても、それは運命なんかじゃない」

 遊戯の肩が小さく揺れた。なまえはやはり海馬を好きなのだと、海馬を選んだとその口から示唆されて、硬直した舌を動かせずに佇む。

「いつまでも運命ママが手を引いてくれるのを待つ子供みたいなマネしてんじゃないわよ、私より年上のくせに……! 私は自分の意思で道を選び続ける。いまここに居るのは誰? 少なくともあなたは石盤に描かれた女なんかじゃない。弟のために命を投げ出す覚悟を持って私と闘ったなら、それを言葉として口にした責任を最後まで取りなさいよ」

「……!」
 ギチ、と握られた腕の皮膚が軋む。痛いとさえイシズは言うことが出来なかった。



「悪かったわね」

 「え、」と口をつくイシズが顔を向ければ、なまえはもうそっぽ向いて大窓に張り付く城之内達に目を向けていた。
「さっきは、……その、」
 口籠るなまえにイシズはフッと笑う。

「デュエリストの皆様には、それぞれ部屋を用意しております。参加カードで入室できますので、他のデュエリストが揃うまではそちらでお待ち下さい」

 磯野がそう言うなり、一礼して飛行船のデッキを降りていく。その背中を目で追うでもなく、なまえは少し気まずそうに俯きながらIDカードを取り出した。
「……あの、イシズさ───」

「なまえ」
 驚いて見下ろせば、イシズとなまえの間にモクバが立っている。モクバはなまえからイシズに顔を向けると、腰に当てていた両手の片方をイシズに差し出す。その手には、なまえと同じIDカードが握られていた。

「ゲストルームのIDだ。ったく……アイツらはともかく、なまえまで部外者を連れ込むなんてよ」

 目敏く本田がゲストルームの存在を聞きつけて覗き込む。
「お? なんだよ部屋に余りがあんのかよ。オレ達の部屋もあんのか?」
「バァカ! んなもんあるワケねぇだろ。城之内の部屋にまとめて入ってもらうからな」
 モクバがプンプン怒ってみせると、イシズの手にカードを押しつけて本田や城之内達の方へ大股で歩いていく。それが照れ隠しだと知って、ふと海馬の方へ振り返った。

 フン、と顔を背ける海馬に、「あ……」と小さく声が漏れる。

「じゃあ早速行ってみよーぜ、静香」
 城之内が先陣切って奥の通路へと進んでいく。本田や御伽達も城之内について行きやっかまれては戯れ合うのを遠目に、遊戯だけがなまえに顔を向けて足を止めた。
「遊戯?」
「……! あ、うん。杏子も先に行ってて」
 にこっと笑う遊戯に、杏子が「うん、……」と返事をする。その顔を半分も見ないうちに、遊戯がなまえとイシズの方へと行ってしまうのを、杏子は暫く見つめ、すぐに諦めたように城之内達を小走りで追いかけた。


「遊戯、……」
 なまえが目の前にまで来た遊戯に声を掛けたのを、表の人格の遊戯は聞きもしないで心の奥深くへ潜ってしまう。
「なまえ」
 返事をしたのは闇の人格の方の遊戯だった。

「遊戯、いえ……名も無きファラオ
「まさかマリクがアンタの兄弟だったとはな」
「……」
 イシズがそっと俯く。遊戯は別にどうこう言うでもなく、フンと息をついた。

 なまえはどうしてもその遊戯の横顔から目が離せなかった。
 千年秤を失ったと言うのに、あの秤の腕が軋む音が胸に響く。このまま遊戯を見ているのが怖い。───私が私でなくなってしまうような気がして。

わたくしに、もう未来を見る力はありません」
「……!」
 遊戯が少し驚いたような顔をしたあと、なまえに顔を合わせた。ハッとしてなんとなく遊戯に調子を合わせて、聞きそびれたイシズの言葉をその顔に探る。

「千年タウクが見せていたのは、なまえさんとのデュエルが始まるところまででした。デュエルの勝敗で未来が決すると…… しかしなまえさんとの闘いで、未来は決したのではなく、変わってしまったのです」
 イシズは首の後ろに手をやると、ショールの中で金具を外した。鎖骨に乗っていたウジャド眼が伏せられ、千年タウクはイシズの手の中に収まる。

ファラオの記憶を蘇らせるためには、残る5つの千年アイテムと、3枚の神のカードが必要です。……本来これはあなたが持つべきもの」
 差し出されるまま遊戯が千年タウクを受け取った。なまえはただぼんやりとその横顔を見つめる。
「いま墓守として、ひとつ目の使命が果たされました。このバトルシティ大会で、墓守の一族の者として私の弟があなた方の前に立ちはだかるでしょう。あなた方がマリクの抱えた闇を、墓守の一族の悲劇を打ち払う事こそ、暗黒に彩られた未来を変える唯一の方法。わたくしはそう信じています」



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