「お久しぶりです、海馬社長。」
 ペガサス城を目前に、海馬は聞き覚えのある声にその歩みを止めた。身体の向きもそのままに、視線だけをその声の主へ向ける。
 銃を海馬に向けたその男は、優位に立つ笑いを堪えきれず 不敵に笑っている。

「猿渡か。」
 猿渡は 自分が隠れていた木陰から出てくると海馬に歩み寄り、その銃口を海馬のこめかみに突き付けた。
「このような形で再会するとは残念です。」
 海馬はモクバの写真が入ったロケットペンダントを放すとその手を軽くあげ、銃の横にやる。
「この海馬瀬人を裏切ってタダで済むと思うなよ…」
 海馬のその手にはカードが隠されているが、猿渡からは見えない。猿渡は口元に笑みを絶やさずに続けた。
「私はインダストリアル・イリュージョン社の指示に従っているだけですよ。…さぁ、Mr.ペガサスの城へご案内しましょう。」
 だが海馬に従う気は無い事は一見しても明らかであった。
 海馬は鼻で笑う。
「俺がそんな脅しに乗るとでも?」
「イヤだと仰るなら…残念ながら引き金を引くしかありませんな。」

「試してみるか?」
 海馬のこめかみに突き付けた銃口が光る。
「…ならば死ね!」

 引き金を引く瞬間ーーーハンマーがスライドを叩く前に、海馬の手からカードが飛び込み銃弾の発射が停められる。
「な…!カードが!」
 “逆転の女神”のカードがスライドの隙間に挟まれたのを猿渡が認識する頃には、海馬の手は既に銃を取り押さえていた。そして海馬はそのまま銃を奪うと、カードを引き抜く。
「貴様のお陰で、レアカードに傷がついたわ!」
「く、クソ!!!」
 拳を振り上げようとした猿渡を屈んで避けると、海馬はそのまま肘鉄を猿渡の鳩尾へ叩き込んで投げ飛ばしてみせた。

「う、…うぅ…」
 猿渡が地面で仰向けになって唸っているところを、海馬が首根を掴んで引き起こす。
「今度また妙な真似をしてみろ。この程度では済まさんぞ。…さぁ、モクバの所へ案内してもらおうか!」

 ***

「準決勝のデュエリストが揃うまで、こちらのお部屋をお使い下さい。」

 なまえはクロイツに連れられてゲストルームに通された。ベッドやソファー、テーブルを始めとした家具が揃えられ、奥にはシャワールームも見える。
「ペガサス様から着替えなどを承っております。クローゼットに用意させましたので、どうぞお時間のある内にお召し替えなどを。」

 眉間に皺を寄せたまま 促される通りクローゼットを開けるが、フリルのドレスやワンピースばかりで、なまえはすぐに締める。
「趣味じゃないわ。勘弁してちょうだい…」

 ため息をついて 頭が痛いと言わんばかりに手で眉間を押さえる。…いや、実際に目眩がしているだろう。なまえはそのままベッドへうつ伏せた。手をクロイツに向けて力無く上げると『シッシッ』と嫌なものを払うように振るので、クロイツも些か苛立ったような雰囲気をほんの僅かに見せる。

「夕刻までに準決勝のデュエリストが揃う予定となっております。ディナーは皆様と一緒にご用意させて頂きますので、そのつもりで。…では。」

 なまえはうつ伏せて目も向けていなかったが、クロイツはそれでも礼儀正しく頭を下げて部屋を出て行った。だがドアを締める音の後で、鍵の掛かる独特の音が部屋に響くのを聞いて、なまえはハッとして起き上がり扉に駆け寄る。ドアノブを何回か回すも、しっかりとロックされていて一定の回転をせず 自力では扉が開く様子もない。
 また大きくため息をつくと、諦めたのかベッドへ戻って腰の千年秤を抜くとそれを手にしたまま倒れ込んだ。

「…疲れた…。」
 瞼が急に重くなる。
 考える事や やるべき事、または想像のつく範囲で様々な事を模索し、今後どうすべきかという見当も付けなければならない事が、なまえの目の前には山積みになっている。
 それでもなんだか急に投げ出したい気持ちになって、今はただ久しぶりの清潔なシーツが張られたベッドに意識を溶かしてしまいたかった。

 だが脳裏に海馬とモクバが浮かぶと、ハッとして目をあける。
 ゆっくりと起き上がると、髪を手櫛でかき上げながらデッキケースを外した。そしてデッキを取り出すと、手の中で広げつつ 先ほどまで寝転んでいたベッドに並べたり重ねたりして、ただ闘いに備えて構成に目をやっていた。…遊戯と闘う事になるだろう。それだけを意識して。

 ***

「俺のターン!魔法カード“死のマジックボックス”!ブラックマジシャンとのコンボだ!」
 遊戯は迷宮ダンジョンに隠された“地雷蜘蛛”を破壊し、壁の変動により分断された城之内のモンスターとの合流を果たす。
「なに?!」
「そう!ブラックマジシャンは“死のマジックボックス”によって瞬間移動したのさ!敵一体を生贄に捧げ その場に移動し、さらなる追撃が可能!」
 城之内は遊戯に笑いかける。
「助かったぜ遊戯!」
「うん!」
 お互いに知り尽くした仲であり、熱い友情で結束された遊戯と城之内のタッグは、目に見えて迷宮兄弟を追い詰めていた。
 追撃により“迷宮の魔戦車”も破壊し、遊戯のブラックマジシャンは一気に2体のモンスターを倒しただけでなく、城之内の炎の剣士とも合流を果たした。

「結束の力は、どんな厚い壁でも越えてみせるぜ!」

 ***

 海馬と猿渡は、ペガサス城の岸壁に面した鉄の扉の前まで来ていた。裏口のようなこの鉄扉の横にある操作パネルの前に、海馬は猿渡を立たせる。
「開けろ!」
「いずれは見つかると思いますがね…」
 海馬の指示にも 猿渡はまだ余裕のある笑みを浮かべている。
「無駄口を叩くな。開けるんだ!」

 ーーー
 ペガサスはゴルゴンゾーラチーズを口にして赤ワインを煽っていた。
 海馬の気配を感じているのか、「フフフ…」と含み笑いをしてそのワイングラスを見つめる。

 なまえもフと手の中のデッキやベッドに広げられたカードから顔を上げると、なんとなしに窓の外に広がる空を見た。東へ向かう真っ青な空は、ほんのりと日が傾く西へ向けてゆるやかに白くなり またその日差しもオレンジに差し掛かっている。
 森林の向こうに見える海と同じ色をした瞳が忘れられず、またなまえ自身、その彼の気配が近付いて来ている事に本能が騒めく。

 一方地下牢のモクバも、海馬の助けを待ってカード型のロケットペンダントを握りしめる。

 なまえは急にカードを集め出すと手早くデッキケースに収めて腰のホルダーへ戻し、千年秤を手にして鍵の掛けられた扉へ歩み寄った。

 ***

 城之内はその頃、ダンジョンワームを撃破し迷宮兄弟を更に追い詰めたかと思われた。しかし迷宮兄弟の隠された切り札、三体の魔神は彼らの場に揃ったのだ。
「やったぞ!ついに引き当てた!」
「これで我らの勝利は」
「間違いなし!」
 迷宮兄弟が口々にするその勝利への確信に、遊戯と城之内が警戒する。

「水 雷 風の三魔神よ!今こそその力を合体させ、復活の雄叫びをあげよ!」

「三体の魔神…!あれは!!」
 遊戯が口から零すが早いか、三体の魔神モンスターが迷宮兄弟の場で激しく光り、合体を見せる。

「いでよ!合体魔神!」
「「ゲート・ガーディアン!!」」

 それでも城之内は臆する事なく立ち向かう姿勢を崩さない。
「ようやく迷宮フィールドのボスキャラのお出ましってとこか!やってやろうじゃねぇか!」
 だが迷宮兄弟に もう焦りの色は無く、遊戯と城之内へ詰め寄るのみとなった。
「ハハハハハ!残念だったな!」
「お主等が迷宮を抜ける前に」
「最強の門番、ゲート・ガーディアンを召喚する事ができたわ!」
「お主等は門に辿り着く事なく」
「合体魔神に!」
「「葬り去られる運命!!」」

「うるせえ!いちいちハモってんじゃねえ!」
 迷宮兄弟の見事とも言える息のあった言葉に、城之内は噛み付く。
「お前達が合体で勝負なら、俺たちは結束で勝負だ!」
 遊戯も負けじと腕を組んだまま迷宮兄弟を睨み返す。
「いくぞ!」
「「こい!」」

 ***

「…まだか」
 海馬は猿渡に先導させ、石造りの壁が続く地下通路を進んでいた。
「モクバ様の事がよほど心配なご様子で…。さすが兄弟の絆は強いものですな。」
「無駄口を叩くな」
 猿渡の言葉の端々が気に触るのか、モクバのもとへ中々辿り着けない苛立ちもあいまって海馬の口調も厳しくなる一方である。
 だがそれすらも猿渡には有利に事を進める一手でしかないようだ。
「なるほど…そうやってずっと助け合って来られたわけですな。幼くして父と母を失い、それで健気に手と手を取り合って生きていく兄弟…。感動的ではないですか。」

 海馬はついに猿渡の襟元を掴んで引き寄せた。
「無駄口を叩くなと言ったはずた!」
 だが猿渡のつり上がった口の端が水平に戻る事はない。
「これは失礼しました。大丈夫、大事なモクバ様を傷付けたりはしてませんよ。」
 海馬はグッと睨みつけてその手を離すと、猿渡はネクタイを直しながら続けた。

「ここです。」
「どういう事だ。」
 猿渡は振り向かず、襟元から手を下ろす。
「私の道案内は此処までという事ですよ。」
 猿渡のつり上がった口元がさらに不敵に笑うと、足元のスイッチを踏む。

 一斉に警報音が鳴り響き、海馬が「貴様!」と口にするも虚しく 城内は騒然とした。
「逆転の女神は誰にでも微笑むという事ですよ。すぐに警備が駆けつけて来ます。」
「ゲスが!」

 海馬は猿渡をそのままに、通路を一気に駆けていった。

 その背中を猿渡がずっと眺める。
「感動のご対面ができるといいですな…。」

 ***

 鳴り響く警報音の中、なまえが居た部屋は扉が開け放たれ、その前の廊下には2人の黒服の男が倒れている。
 なまえは身体が軋むような鈍い痛みと 荒くなった息を整えながら千年秤を腰のベルトに差すと、まだ絶え間無く鳴る警報音が、自分が部屋を抜け出した事にではなく 他の事に対して鳴り響いていると察する。

 廊下の向こうで数人が走る音が近付いてくると曲がり角に身を潜めて耳をそばだてる。
「海馬瀬人が進入した!」「ペガサス様に報告を!」「地下牢だ!いそげ!」

「…!海馬」
 まだ身体が唸るようなダメージに なまえの足は少し覚束ないが、それでも脂汗を一筋に耐えて駆け出した。

「(地下牢…!きっとモクバ君のところ…!)」

 地下牢への道筋はまだ判らないが、それでも魔術師を放って大体の見当を着けている。だが忍び込める自身はない。それでも、そんな考えの前に海馬の元へ走る足は止まる事を知らなかった。
 普段のなまえなら絶対にもっと冷静に考えて動くだろう。彼女自身、そう自負している。それなのに身体が勝手に動く。それが何故なのかすら考えに及ばない。
 ただ視界を流れていく均整ある廊下だけに集中して、階段へ行き着くとそれを駆け下りていった。

「…海馬!」

 ただただ嫌な予感だけがする。
 それは背中からペガサスのあの光るミレニアム・アイが迫り来るような、そんな気配。
 千年アイテムの闇の力から、海馬とモクバを守れるのは この城にいまなまえしかいない!ただその事実だけで彼女の足は駆けていた。


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