「フフフ、残念だったな遊戯。オレ様をあと一歩のところまで追い詰めたのは褒めてやるが、しょせんキサマはここまでだ」

 運命はバクラに手を差し伸べた。汗ばんでいた手で引き当てたカードで、バクラはその自信を取り戻す。
「くっ……」
「覚悟しな。───《昇霊術師ジョウゲン》召喚!」

《昇霊術師ジョウゲン》(★4・光・攻/ 200)

「このモンスターは、手札1枚を捨てることによって、フィールドに特殊召喚されたモンスターを全て破壊する効果がある」
 つまり遊戯が《死者蘇生》で特殊召喚した《ダーク・ネクロフィア》は、再び墓地へと送られる。

 《昇霊術師ジョウゲン》の効果で《ダーク・ネクロフィア》は破壊された。そしてバクラの墓地へと還されたことで、《ダーク・サンクチュアリ》が発動する。
「これでオレ様はまたトラップ魔法マジックカードを10枚まで置けるようになったぜ」


「ひえぇ、また薄気味悪いフィールドになっちまったぜ」
「バカ!!! ビビってる場合じゃないでしょ?!」
 オカルトやゴーストが苦手な城之内が情けない声をあげるので、舞がそれを叱責する。
「このままじゃ遊戯は残り1ターンで負けちゃうのよ?」

「……遊戯」
 不安げな眼差しを向ける杏子の横顔を、なまえはぼんやりと見ていた。


「ジョウゲンを《ダーク・サンクチュアリ》の維持コストに捧げ、さらにリバースカードをセットしターンエンド!」
 再びフィールドは元の状態へと巻き戻る。遊戯の場にはモンスターが3体。バクラの場にはリバースカードが1枚。
「フフフ、……教えてやろうか遊戯。キサマには見えないだろうがな、《ダーク・サンクチュアリ》の復活で、怨霊はまたキサマのフィールドを彷徨ってるんだぜ」
「なに……!?」
 遊戯に残された最後のターン、《暗黒の扉》で攻撃できるモンスターは1体。だが怨霊までもが復活したということは、選択を誤れば《スピリット・バーン》が発動しライフが尽きる。

「それだけじゃねぇぜ。オレ様がいま伏せたリバースカード、……それは《沈黙の邪悪霊ダーク・スピリット》さ! つまりキサマがどのモンスターで攻撃しようとも、《沈黙の邪悪霊ダーク・スピリット》で怨霊の取り憑いたモンスターに攻撃命令を変えられるんだよ」

 遊戯のターン、そのエンドフェイズにDEATHデスの5文字は完成する。しかし遊戯の手札は3枚。その中に起死回生のカードはない。

「フフフ、やっとわかったか遊戯。キサマが勝利する確率は……ゼロだ!!!」


 ソワ、と足から背中にかけて、何かがなまえを静かに撫でた。畏れや絶望のような冷たさと、ほんの少しの期待感。運命なんて言葉はもう信じない。なのに、大嫌いなその言葉が背中を撫でた。

「(全てはこの最後のドローに掛かっている)」

 運命なんて言葉は信じない。だけど、カードの上にそれは宿ると知っている。───遊戯ほどのデュエリストあればこそ。


『頑張って、もう1人の僕』
「(相棒……!)」
 デッキを見つめていた遊戯に、表の人格の遊戯が背中を押す。
『キミの記憶を取り戻すためには、ここで負けるわけにはいかない。絶対に勝たなくちゃいけないんだ。───引き当てるしかないよ』
 2人の中で、この場で引き当てるべきカードのイメージは一致していた。それこそが運命を引き寄せる力。遊戯だけの、特別なもの。
「(そうだな。……お前が入れてくれた、あのカードを!!!)」


 心臓が痛い。海馬もなまえも予感していた。……むしろ、一度同じ感覚を味わったからこその直感だった。

「(───神が動く)」

「オレはこの引きにデュエリストの全てを賭けるぜ…… カードドロー!!!」


 雷鳴が暗黒の聖域を裂く。もはやバクラになす術はない。
「《ブラック・マジシャン・ガール》、《磁石の戦士マグネット・ウォーリアーγガンマ》、《ビッグ・シールド・ガードナー》の3体を生贄に捧げる、───

 《オシリス》よ、降臨せよ!!!」

 巨大な翼が飛行船を覆う。虹彩が弾け、赤い肢体の顕現に闇は掻き消された。天空竜の咆哮は空気を、その場にいる者の肉体を震わせる。
 このターンでウィジャ盤による特殊効果勝利が完成しようという、そのたった一瞬を、遊戯は───
「……!」
 バクラはそれ以上考えるのをやめた。それは即ち敗北を認めることと同義だったからだ。


「(ラストターンで神のカードを引くとは、……フッ、やはり遊戯、キサマはオレが認めた最強のデュエリストよ!)」
 不適に笑う海馬の顔さえも、いまは誰も気付きはしない。その場の全員がオシリスに目を奪われ、ただその威圧感に沈黙を強いられている。
 バクバクと胸を内側から叩く心臓に、なまえは目眩さえ感じていた。心臓を差し出した女の手、その先にある3枚の神のカード。全てはあの石盤のまま。
「(違う、私は……私は、)」

 ─── 『最後まで彼女は愛する者を探している。彼らが、偉大なる者が創りしものであるがゆえに』
 イシズの言葉が首を締める。思い出してはだめ、私が私でなくなってしまう。それ以上私に囁かないで。

 ───汝ら沈黙する者の波止場、そこに終焉の安息地のある事のなんと喜ばしいことか。

「……ッ!!!」
 思わず震えた足で後退した。背中に誰かが当たり、ハッとして振り向けば褐色の肌が見下ろしている。ナムの浅紫の瞳がゆるやかに笑った。

「大丈夫かい?」

「……」
 私、彼のこと、知ってる。


***


「(神のカード、……それはファラオの絶対なる“しもべ”。このバトルシティの闘いにおいて、3枚のカードを束ねた者にファラオの称号が与えられる)」

 窓辺に座り、イシズはオシリスの御影を眺めていた。千年タウクを手放したいま、この結末を知ることは叶わない。
「(この試練を乗り越えたとき、ファラオに失われし記憶が蘇る。───それが王の願う結末になるか、王妃の願う結末になるのか、……全てはファラオの戦いの果てに決まること)」
 私たちは、結末を待つしかできない。運命に足掻くことなど。

 ───『あなたを絶望させている“それ”は何?』
 なまえの言葉にイシズは薄く目を開けて息をつく。

「(わたくしの見た真実の断片…… 彼女もいずれはそれを知らなければならない。ファラオの記憶の扉が開かれたとき、王妃もまた目を醒ます)」
 人はいつか必ず、自分の本質と向き合わなければならなくなる。それをせずに過ごすには、人に与えられた知性と時間はあまりに膨大なのだ。
「(だからこそ、……リシド。あなたにも、自分の真実を求めて欲しいのです)」


***


 遊戯の手札は3枚。よって《オシリスの天空竜》の攻撃力は3000。バクラのライフは1200。《スピリット・バーン》の効果は神を対象にできず、《沈黙の邪悪霊ダーク・スピリット》も発動できない。壁モンスターも手札も無い状態で、バクラは完全に詰んだ。

「このデュエル、オレの勝ちだ、バクラ!!!」

『なぁに、次の手はもう打ってあるさ』
 バクラの影でマリクが囁く。「なんだと」と目を向けた反対側で、遊戯の攻撃宣言が上がりかけた。

「《オシリスの天空竜》の───」


 攻撃、その宣言を遊戯は止めた。振り返るのに流れていく景色の中で、なまえだけが彼の方へ既に体を向けている。その目が千年秤に注がれていることなど、わざわざ見なくても分かる。
「アイツは───」
 エレベーターを降りて足を踏み入れてきた大男に遊戯が振り向けば、全員もそれに気が付いてリシドに目を向けた。
「(マリク……)」
 忌々しそうに目を細める海馬の横で、モクバがしゃしゃり出る。
「他人のデュエルを妨害するようなマネはこのオレが許さないぜ!」
「(……千年秤)」
 やはりそればかりに目がいってしまう。いや、千年秤を理由にしているだけで、本当は彼の顔を見るのを恐れていたのかもしれない。

「よく聞け、遊戯よ。既にその少年はこの千年ロッドと千年秤によって操られた人形と化している」
「……! どういうことだ、獏良は既に闇の住民の支配を受けているはず」
「そう、……その少年は二重に支配されている。その証拠を、いま見せよう」

「(キサマ、何を考えている)」
 リシドと遊戯のやりとりを傍観しながら、精神体としてのバクラとマリクが睨み合っていた。マリクは冷笑を浮かべるだけで、『宿主を表に出すんだ』としか答えない。
『遊戯に勝ちたいのなら、ここは僕の言うとおりにするんだな』
「(なんだと)」
『はやくしな。勝ちたくないのか?』

 バクラはそれに舌打ちをする。それが合図だったかのように獏良の体は糸が切れたように膝をつき、宿主の獏良が苦痛に顔を歪めた。
「うッ…… うぅ」
「獏良!!!」

 痛い、と腕の包帯に触れれば、滲んだ血が獏良の指を浸す。
「遊戯くん、ここはいったい…… 僕はなんでここにいるの? この怪我はどうして……」
「獏良……」
 その様子に杏子や静香も口を覆って、驚きや衝撃を隠せない。城之内や本田も獏良を案じる一方で、なまえだけがギッとリシドを睨みつけた。

「見ての通り、その少年は深い傷を負っている。遊戯、勝敗を決する神の攻撃は、その少年の命をも奪いかねない精神的ダメージを与えることになるだろう。……その覚悟があるのだな?」
「獏良の命を盾にしようというのか、マリク!!!」

「……ッ、あなた、」
 怒りに目眩さえ起こしながら、なまえはズカズカとリシドに歩み寄ろうとする。その腕を舞が「やめな!」と掴んで引き留めさせるが、それでもなまえはリシドに食ってかかった。

「千年秤は常に善悪に平等なもの!!! それをそんな風に使うなんて、……あなたに千年秤を持つ資格なんか!!!」
「だが千年秤は私を選んだ」
「……ッ!!!」
 グッと歯軋りして口を閉ざすしかできない。それが尚更なまえを苛んだ。もう何と言おうと、千年秤は目の前の男のものになった。その事実は変えられないし、それを彼がどう使おうと、なまえにはどうすることもできない。

「(フフ、それでいいリシドよ)」
 マリクが満足そうな目を向けたのを見て、リシドは背を向けてデュエル場を去っていく。全員から突き刺された軽蔑の眼差しや自責をその背に負いながら、エレベーターホールへと足を進める。

「(マリク様、……私の心の痛みは、この疾風が身を裂くせいではないのです)」

 ギチ、と握る手の皮膚が軋む。
「(千年秤、……かならず奪い返してみせる)」



- 253 -

*前次#


back top