「痛いよ、遊戯くん……」
「獏良……!」

 咄嗟に駆け出しそうになる遊戯を牽制する手が差し込まれる。
「待て、武藤遊戯。デュエル中の相手プレイヤーとの接触は禁じられている。デュエル放棄と見做し失格にするぞ!」
 磯野のジャッジに遊戯が歯噛みして獏良に目を向けた。
「(オレが獏良を攻撃すればデュエルは終わる。……だがそうすれば、獏良が───)」
 遊戯の中の天秤が揺らぐ。このラストターンで攻撃をしなければ、エンドフェイズにウィジャ盤死の5文字が揃って遊戯が敗北する。しかし今の獏良に、神の攻撃を耐えるだけの精神力は残されていない。

「どうした、なぜ攻撃を躊躇っている!? トドメを刺せ遊戯!!!」
「海馬……!」
 デュエルリンク越しに目を向ければ、海馬もなまえの視線を一瞥するだけで一笑に伏す。……デュエルディスクの体感システムは、常に致命傷にならないようセットされている。そう言えばいいものを、敢えて海馬は鼻で笑うだけだった。

「やれ、遊戯!!!」

「う、くっ……!」
 戸惑う遊戯の背後から、表の人格の遊戯もそれを見ていた。壮絶な選択を迫られて喘ぎ苦しむ闇の人格の遊戯に、表の遊戯も言葉を掛けることができない。
『(もう1人の僕……)』

『なるほどなァ、マリク。その手で遊戯を追い詰めるとはな』
 同じように、2人の影が宿主の獏良を見下ろす。バクラにマリクはただ冷笑し、宿主の獏良から遊戯へと目を向けた。
『フフフ…… これも我々の契約のためだ』
「流石だよマリク。テメェのえげつなさは、オレ様のオカルトデッキをも上回るぜ』
 苦しむ宿主を前にして、バクラは忌々しそうに目を細めた。歪に笑うだけのマリクに舌打ちをすると、バクラも口の端を歪めてマリクを睨みつける。

『だがな、オレ様にも“気に入る勝ち方”と“気に入らない勝ち方”があるんだよ。───引っ込んでなマリク!!!』

 事ここに至って凄まじい闘気を見せたバクラが千年リングの閃光でマリクを突き放した。突然のことにマリクも抗えず、宿主をその身で隠したバクラにかき消される。

「───!!!」

 再び獏良の体へ姿を現した闇人格のバクラに、遊戯だけでなく杏子や城之内達にも驚きを与えた。
「どういうこと……!」

「フフフ、……遊戯。今回はオレ様の負けにしといてやるぜ。攻撃してきな!!!」
「なに?!」
「なぁに、キサマの仲間の獏良の方は、絶対に死なせねぇから安心しな」
 遊戯の戸惑いの理由を見透かしたような物言いに、遊戯が舌打ちする。

「この宿主はオレ様にとっちゃ一番大事なものなんだからよ。……ここで殺すわけにはいかねぇのさ」

「……!」
 デュエリストのプライドを見せたバクラに、遊戯は手を握り締めた。その決心に呼応するように、いま《オシリスの天空竜》の口が開かれる。

「サァ来い遊戯!!!」
「いくぜバクラ、《オシリスの天空竜》のダイレクト・アタック!!!」

 迫り来る神のいかずちにバクラは笑っていた。その手を広げ、宿主の獏良を覆い護って。

「(遊戯、いずれキサマはあの女の扉に辿り着く。その時はこのオレが永遠の闇に葬ってやるぜ……!

 最後に闇の力を手に入れるのは、オレ様よ!!!)」

バクラ(LP: 0)


 オシリスの鉄鎚下る激しい衝撃を、バクラは不気味な高笑いを上げたままその身に受けた。全てが鮮烈な雷色に洗い流されたフィールドに、気を失った獏良が倒れる。
「勝者、武藤遊戯!」
 磯野のジャッジがデュエルの終了を告げ、遊戯はすぐさま獏良に駆け寄った。同じように城之内や本田もリンクが降りるのも待たずよじ登って、獏良の元へ急ぐ。

「しっかりしろ獏良!」

 遊戯が抱き起こして声をかけている間に、杏子や舞、なまえもリンクに上ってそこへ集まった。「ん、」と目蓋を動かす獏良に、全員が注視する。
「遊戯くん……」
「大丈夫だ、意識はある」

***

 獏良は城之内達に連れられて部屋へと運ばれていった。エレベーターへ乗り込んでいくみんなの背中を眺めながら、遊戯はバクラの散りざまをやっと飲み下す。

「(千年リングに宿し闇の意志。ヤツは宿主である獏良の命を救うために自らを犠牲にした。……それは千年アイテムに秘められる魂の宿命。例えそれが邪悪な意志だあったとしても、もう1人の自分の精神を護らなければならないことに関しては、ヤツもオレと何ら変わりはしない)」

『それは少し、違うんじゃないかな』
「(……! 相棒、)」
 突然掛けられた声に遊戯が驚いて振り向く。心の中で2人の遊戯が千年パズルを挟んで向き合う。

『キミが僕を護ってくれていること、そして千年リングの闇の意志と獏良くんが僕ら同様“ニ心同体”だってことも僕にはわかるよ。───でも、僕だってキミを助けてあげたいんだ。
  僕は千年パズルを完成させてキミと出会ったときから、ずっと強くなりたいって思ってた。僕自身のために、そしてキミのために』
「(相棒……)」
『でもいまは、キミの心と交代してあげるくらいしか、できないんだけどね…… 獏良くんとのデュエルで疲れているはずだよ。だから次のデュエルまでのあいだ、少しでも休んでて』
 微笑む遊戯に、闇人格の方の遊戯もやっと緊張の糸を解して笑った。
「(あぁ、そうさせてもらうぜ相棒)」

***

「トーナメント1回戦は、順当に遊戯が勝ったね、兄様」
「フン、当然だな。ヤツを倒すことができるのは、ヤツ同様神に選ばれたデュエリストだけだ」
 海馬が見つめる先で、磯野から「アンティーカード」の奪取を促された遊戯が「いらないよ!」と強めの言葉を発する。
「獏良くんはそれどころじゃないんだ」
 そう言ってはねつけるなり、表の人格に交代していた遊戯は、獏良を連れ立ったみんなの方へと駆けていく。

 ただひとり、なまえだけは腕を組んだままどこか呆然とくうを見つめて残り、立っていた。



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