本田と城之内が、なまえの部屋に海馬を運び込むとソファに凭れさせた。
「…ありがとう。ごめんなさいね、こんな事お願いして…」
 なまえは目を伏せたまま城之内達に頭を下げた。

 城之内と本田は「いいって事よ。」「なまえの為だからな。」と快く返すと、遊戯がなまえに歩み寄る。
「…なまえ、その…」
「…遊戯。もしこの大会に優勝してペガサスと闘う事を望むなら、その前に私とデュエルする事になる。」
「うん。」
「…私のことは気にしないで。遊戯にも取り戻したいものがあるんでしょ?」

 意外にも、なまえは笑って見せた。
「!」
 遊戯はドキリとしてその目を見た。

「どちらが勝とうとも、ペガサスに勝てなければ意味がない。大局を見失わず、正々堂々と勝負しましょうね。」

「(なまえ…)」
 遊戯がどこか驚きを隠せない中で、城之内が落ち込む。
「お、おい…なまえも遊戯も、俺が優勝するって線はねーのかよ…トホホ…」
「じ、城之内くん!ち、違うよ!」
 遊戯が取り繕うのを笑い合う中で、なまえだけは視線を海馬に向けていた。

 ***

「う、うンめ〜〜!!!」
「生きてて良かったぜ!」
 広間では決勝トーナメントに残った4人と、付き添いの杏子たち3人に食事が出されていた。クロケッツがその間に次の日のトーナメントの説明を行なっている。
 そこになまえの姿はなかった。

 なまえは部屋に食事を運ばせ、引きこもっていた。

「海馬、スープくらい流し込ませてもらうわよ?」
 目を閉じて反応を返さない海馬に言葉を掛けるのも、もうこれで何度目かわからない。だがさすがに身体は生きていて食事を必要とするのだからと思い、すこしひんやりとしつつも温もりのある首に手をやる。

 顎に手を添え唇を薄く開けると、冷め始めたスープをスプーンで流し込んでみる。
 しかし喉を過ぎることはなく、ひと匙目でなまえは諦めた。

 何をバカな事をしているんだろう。
 頭を横に振って、己の愚かさに頭痛を覚える。

 スープで海馬のシャツを汚してしまい、咄嗟にそのボタンに手をかけたところでハッとして、その手を引っ込めた。

「…あとで私が弁償するわ。それでいいでしょ?」
 整った顔立ちに固く閉ざされた瞼が相まって、もはや人形のようにも見えてくる。…海馬の意識がないのをいい事に、緊張で震える手を、その顔や髪に絡めた。

 好いた男に、こんなに接近して触れる事は初めてであった。…いや、ブラックマジシャンで恋人のような経験は持っていたが。それでも本当に触れ合える人間の男という、好奇心や欲情が足元から絡まってなまえの心を掴もうとしている。

 ペガサスに海馬の魂を奪われて酷く打ちのめされ、悲しみに心を八つ裂きにされたのは確かだった。
 それでも今は、眠るように意識のないその海馬がソファに凭れているのだ。

 なまえは、卑怯な事は出来ないと理性を確かにして立ち上がると、両の手で自身の顔を数回叩いた。

「…な、なによ、本当に馬鹿だわ。」
 今目の前にいる海馬は、海馬の抜け殻なのに。
 痛みと引き返してきた悲しみに視界が滲む。なまえは踵を返してベッドに倒れこむように潜った。


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