光に包まれたなまえが次に目を開ければ、場所は変わらずその石造りの狭い空間のままだった。だが松明が灯されたその部屋は明るく、先程より部屋や石棺が真新しい。…蓋がされていたはずの目の前の石棺も真新しく、蓋が開けられていた。
「(…!さっきより、時間が戻っている…?」 )」

 そこへ砂を踏む音がして振り返ると、青い服に褐色の肌をした男が、白い布に包まれたものを抱いて部屋へ入って来て、光の差す出入り口を背にして膝を着いた。…その抱き方や形から、その白い布に包まれたものが、『死体』…良く言えば『ミイラ』というものだと直ぐに直感する。
「…!!!」

 息を飲んだ。その男は、“それ”が最愛の者だったのだろうか。酷く大切に、壊れ物を扱うように抱き上げた“それ”を、石棺へ納めるのを名残惜しそうに躊躇い、唇を寄せたまま動こうとしない。
 外からの逆光でその男の伏せられた顔を見ることは出来なかった。だが、酷く心臓を抉られたような衝撃がなまえを襲う。

「…だ、れ?」

 なまえの唇は確かにそう動いた。果たしてこの掠れた声がこの空気をどれだけ震わせて、この男の耳を撫でたのか。なまえの見開かれた目に、その男が顔を上げてこちらを見た。それでも男がその背後に背負う、出入り口から差し込む光に阻まれて、その男の顔が見えない。
 耳鳴りのような震慄が、腰に差した千年秤からのものだといつから気が付いていただろうか。ひどく胸が痛む。
「…!………!」
 声を出しても、地を這うような千年秤からの震慄に支配されて音は全て無くなっていた。
 これは夢だ。
 起きなければ───…

 …───起きてもいいの?

 突然視界を奪う青い肌の手が、背後からなまえの目を覆った。

 それがブラックマジシャンのものだと、なまえが気付かないわけがなかった。…あんなに愛していたのだから。
 なまえの、恋人のような存在から決別したはずのこの魔術師が、それでもまだなまえを守るように夢の中まで現れた事が、その優しさがさらになまえを追い詰めた。一度に多くの事がなまえに迫り、頭で処理しきれない。

「やめて、…見せて。ブラックマジシャン…!その手をどけて!」

 身体が動かない。
 そこに立つ男がだれか確かめたい。
 なぜ見せてくれないの?

 やめて、やめて───…

 ***

 闇に包まれた石造りの神殿に、本田と杏子、そして獏良は倒れていた。
 呪文のような多くの声がその空間全てを支配するように響いている。本田が目を冷ますと、二人も同じように起き上がった。
「ここは…どこだ?」
「何?この声…」
 不気味な驚きに杏子の顔が曇る。だが本田は険しい顔のまま立ち上がった。
「行ってみようぜ。」

 声が響くままに辿って足を進めると、エジプトの壁画が続く石壁が四方を囲む広い場所へ着いた。そこでは部屋の左右に分かれて固まる、目深くフードをかぶった男たちが先程から聞こえていた呪文のような言葉を発し続けていた。
「アイツら…何やってんだ?」
「本田くん、引き返そうよ…」
 獏良が不安そうに本田を見上げるが、本田に聞く耳は持たない。
「あ!あれ…!」
 杏子が指差す先に、先程見た少女の肖像画が飾られていた。その前で二人の男が向き合って手をかざすと、モンスターが彫られた石版が互いに立ち上がった。

『…オマエの負けだ。』
 腹の底から重く響く声がそう呟けば、相手の男は緑色の炎に包まれて消滅した。
「あぁ…!」
 思わず杏子が上げた声に、そこに居た男達が一斉に振り向く。

「見たな!!!」

 男達に囲まれて進退できずにいる三人に、先程相手を負かした男が歩み寄る。…その男の目が黄金に光っているのに気がつくが早いか、その男がフードを捲れば怖るべきその顔が露わになる。
「…ペガサス!」


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