「…!!!ハッ」
 大きく息を吸うと同時に、なまえは暗闇に青く反射する天井が目に入った。
「ハァ…ハァ…」
 身体が重く、起き上がるのもできないでそのまま天井を見つめて肩で息をすると、やっと落ち着いてきてゆっくりと起き上がった。
「なに…よ、今の。」
 手で顔の片方に触れると、ブラックマジシャンが手で視界を遮ってきた事を思い出してハッとする。
 ベッドサイドに目を向ければ、デッキケースよりも、その先に魂の抜けた海馬の身体が目に入った。

 ドキリとして固唾を飲み込むと、震える足を冷たい床に下ろして静かに歩み寄る。
 甘い吐息をついて目を覚ましてくれると期待して、固く閉ざされた瞼を親指でなぞるように手でその顔を撫でれば、やはり冷たいその身体に目の奥がじんわりと赤く染まりゆくのを感じた。

「せ───、…瀬人」

 聞こえていない。それを良いことにして、なんと卑怯な事をしているのだろう──。

 罪悪感がジワジワと背中から広がって全身を支配する。初めて口にした海馬の“下の名前”が、甘い呪いの言葉のようになまえを掴んで離さない。
 何故か、ブラックマジシャンに初めて奪われた自分の唇を思い出した。
 人と唇を重ねる事が、どんなに甘く苦しいものか…それを知ってしまった今、この胸に芽生えた欲望がどんなに重い罪であるかも知っていて、心臓が激しく震えるままに顔を寄せる。

 だが、鼻先が触れた所で我に返り、バッと手を離して引き下がる。
 今自分が、何をしようとしたのか理解が追いついていなかった。

「(ば、…馬鹿、じゃないの、私…)」
 顔を手で覆うと、自然と腰がくだけてその場にへたり込む。膝が震えて暫く立てそうにもない。

 欲求不満というものなのだろうか?
 自分がこんなにもフシダラな女だとは思ってもいなかった。
 思いつく限りの罵りの言葉を自分に浴びせ、熱の引かない頭を振ってはその赤い髪を握りしめる。

 どうしてこんなにも、この男が欲しいのか分からなかった。
 遊戯が持つブラックマジシャンのもう一枚のカードを欲しいと思った時と、全く別物のこの感情が、自分でも恐ろしい。
 海馬と居れば居るほど、自分が自分ではなくなっていってしまうような…

「怖い…」

 ポツリと言葉が出れば、もうそれだけが耳から入り、頭を支配し、体を押し包んでしまう。
「はやく目を覚まして。…海馬。私が、取り返さなきゃ…このままじゃ、私…貴方に何をしてしまうか分からない。」

 ふと、さっき夢に見た男が海馬に重なった。
 ハッとして顔を上げるが、海馬は目を閉ざしたままソファにもたれているだけだった。


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