「獏良、おまえさっきあれ、何だ? なまえも…」
 本田がモクバをおぶさりながら石の階段を走り登っていく。獏良となまえもあとから続いて走っているが、2人とも答える気はないらしい。
「そんなことより、今は逃げるのが先だろ!」
 獏良がまくし立てると、本田は諦めたように息切れ混じりにため息を吐いた。
「あとでゆっくり説明してもらうぜ!」

 そしてたどり着いた階のドアをガチャガチャと動かすが、ノブは回る気配がない。
「ダメだ、ここも開かねぇ。いくぞ!」

 本田がまた上の階へと駆け上がっていく。そしてついに階段の終わりに光の差す口を見つけた。
「おっ!あそこから出られるぞ!」
 その勢いに乗ったまま足を急かして登りきったとき、そこには崩れて先のない城壁の断崖が広がっていた。

「なに?!うぅッ…あぁ〜!!!!」

 モクバを抱えたまま落ち掛ける本田を、突然現れた茶色いローブで顔を隠した半透明の霊体の女が抱きかかえ、石段の上に戻してやる。
「な…!!!なんだぁ?!!」
 助かったという思いよりも、幽霊のようなそれに本田は驚いていた。

「ありがとう、テンペル。」
 本田の背後からなまえの声がかかると、テンペルと呼ばれた魔道士はなまえの胸に消えていった。それを目で追っていた本田は、この島で見たなまえ自身の力を思い出す。

「お、おまえ…」

 ***

「わずかずつ、ユーの戦意が薄らいでいくのがわかりマ〜ス。どうです?デュエルを棄権しますか?遊戯ボーイ。」

 ペガサスが甘言のように囁くのを、観覧テラスから身を乗り出した城之内や杏子が全力で引き止める。
「遊戯!!!諦めんじゃねぇ! 負けを認めたらモクバや海馬みたいに魂抜かれちまうんだぞ!」
「おじいさんやモクバくん、海馬くんも助けられなくなっちゃうのよ!お願い頑張って遊戯!!!」

 しかし遊戯自身が分析できる限り、勝ち抜く可能性が限りなくゼロに近いことを遊戯本人が一番よくわかっていた。それもペガサスにとっては見透かした遊戯の弱さに他ならない。

「(じいさん…モクバ、海馬! オレは…!)」

 ***

「戻るしかないようね…」
 なまえは強い風に流される髪をかきあげながら振り返る。背後にいた獏良と目が合い、その鋭い目線になまえは目をそらした。

「いたぞ!あそこだ!!!」

 そこへ黒服達の声が階下から響き渡る。
「クソッ 万事休すか!」
 本田は立ち上がりモクバを背負い直すと、階段の下を覗き込む。
「そんな弱音を吐くなんて、本田らしくねぇなあ。」
 獏良が悪態を吐くようにそう吐き捨てる。
「おまえ、なんかいい考えでもあるのかよ。」

「フン、もう手段を選んでる場合じゃねえってことさ。…そうだろ? マジシャンズ・クイーンさんよ。」

 階下に向けて吹き込む風に顔を隠したなまえが本田の横にスラリと立った。…その手にはいつのまにか千年秤が握られている。
 獏良も「フフフフ…」と笑うと、自分のデッキを取り出した。

 ****

「(今オレがここで諦めたら、3人の魂は永遠に帰ってこない。どんなに勝てる可能性が低くても、オレは諦めるわけにはいかないんだ! ペガサス! オレは諦めない。最後までオレは自分の可能性に賭ける!)」

 その遊戯の不屈の闘志を、ペガサスはミレニアム・アイを通して確かに受け取っていた。しかしそれはペガサスにとって、今や誇示するたねにしかならない。
「(フフフ…ムダです遊戯ボーイ。どんなにあがこうとユーはもうおしまいデ〜ス。)」
 フフフフフ…と笑うペガサスのミレニアム・アイのさらに奥、ペガサス自身の深淵の闇が遊戯を覗き込んでいた。


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