留守番電話の録音は大きな雷の音でかき消されたのか、それとも無言電話だったのか。

 その判別がつく前に切れてしまった。ブラック・ジャックは別にどうと思いあたる事もなく、部屋を出てピノコが居るであろうダイニングへ向かった。
 外は相変わらずの大雨に落雷、そして突風。その騒音に乗って、カレーのスパイシーな香りが廊下に充満していた。


『───…… 国家主席は合衆国に対する大規模なサイバー攻撃関与を、完全に否定する声明を発表し───』
 キッチンでピノコがカレーを盛り付けるのを横目に、ブラック・ジャックはダイニングテーブルに着く。雷の音で聞き取りにくいのだろうか、ニュース番組を映すテレビの音量がいつもより大きい。

「ハイちぇんちぇえ、今日はピノコのスペシャルなサラダ付きなのよさ!」
 テーブルにカレー皿とサラダボウルが並べられる。
『次のニュースです───』
 ピノコは自分の分もテーブルに運ぶと、ブラック・ジャックの対面───ピノコ専用チェア───に座って、「サァ召し上がれ!」と声を上げた。

『ブリテン国に設置されているICC…国際刑事裁判所が、現地時間15時、当時ヴィルヘルミネ公国だった、プロアシア領、現在のカリニングス州で起こった邦人殺害事件の上告を棄却したと発表。これにより、事件は9年の歳月を費やして完全に解決しました。』

 カレーを口に運ぼうとしたブラック・ジャックのスプーンが止まる。腕を下ろすと、テレビ画面に映る写真を見た。
『この事件は当時女子大学生だったみょうじなまえさん、21歳が、夏休みを利用し観光に訪れた際 何者かに拉致・殺害された事件で、日本とユナイテッド合衆国の捜査機関は、当時帝政国だったプロアシアの工作や関与を訴えており───』

「なに見てゆのよさ」

 あからさまに不機嫌な顔をしたピノコが、見つめ合うテレビとブラック・ジャックの間に入り込む。
 やれやれと言った様子でカレーに向き直ると、ピノコがテーブルに乗りこんでお皿を没収した。

「ピノコ」
「ちぇんちぇえは、あ〜いう“チト”が好みなのね?」
 カレー皿を頭上に掲げるピノコを見たあとため息をこぼし、ブラック・ジャックは立ち上がってカレーを取り返した。そしていつもより早いペースでカレーを口に運ぶ。そしてモゴモゴと咀嚼したあとコップを仰ぎ、まるで薬を飲むようにすべて飲み込んだ。

「……もしそうだとしたら、ピノコ、お前は今ごろ、私を父と呼び、あの女性を母と呼んで、さらには兄や妹までいたかもしれないぞ。」

「アッッッチョンブリケ!!!!!」

 ブラック・ジャックは小さく笑うと、席を立ち、部屋を出て行った。外はまだ荒れている。電話には、留守録が残されている事を示す赤いランプが点滅していた。



───完───


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