恋なんて報われたいに決まってる
「…ごめん」
…
夜も更けた時間。明日が休みだからと飲み会があったらしく、普段の彼ならば寝ているであろうこの時間に酔った彼からこれまた珍しく連絡が来た。
1人ではあるが同じく晩酌をしていてそろそろ寝ようかと腰を上げたところ。突然のものとはいえ密かながら恋慕っていた彼からの連絡ということもあって、最低限の身支度を整えて玄関を潜って夜道を走り抜けた。
落ち合った場所は昼間なら子供たちで賑わう公園。いつもよりも上機嫌な彼が飲み物を片手にベンチに腰掛けていた。
「お。まじで来たよ」
「…、来るよ、だって近くまで来てるって言うんだもん」
「へー、そりゃご苦労さん。」
わたしの姿を認めると、上機嫌だったその顔を更にふにゃりと蕩けさせて、手に持っていたうち1つのコーヒーをわたしに投げ渡してくる。それがまたわたしが好きだと言った事のある銘柄で、ぎゅっと胸が苦しくなった。
──その表情が、酔いによるものじゃなかったらいいのに。その優しさも、酔いじゃなくて、違うものが含まれていたらいいのに。
暖かくなってきた気候や飲酒によるものではない熱さが顔に集まる。楽しそうに今日の飲み会での話や、最近やったというゲームの話をふわふわした話口調で綴っている彼を見つめ、ああ、好きだな、やっぱりわたし、この人が好きだなと、曖昧な相槌を返しながらそう思った。
──だめかな、伝えちゃ。─迷惑だよ。─でも、もしかしたら。─そんな事思ってくれてるはずない。─そうじゃなかったら?─……。─たった数回、好きだって言ったことのあるもの、どうでもいい人の、覚えてないよ。
脳内で行われる自分会議は普段ならば自制が効くはずだったのに、思っていたよりも深酒をしていたようで、止めるわたしはどこかその力が弱い。
「でさぁ、そん時」
「あのっ、あの、ごめん、いい?」
「んぁ?いいけど、どした?寒くなった?」
楽しげな会話を途中で止めてしまったにも関わらず、そうやって気遣ってくれるのか。ちょっと汗臭ぇかもしんねーけど、なんて言って上着をかけてくれる。どうして貴方はそう優しいの。勘違いしてしまうじゃないの。
いつまでたっても話出さないわたしの顔を怪訝そうに覗き込んでくる、その仕草にすらもたまらない気持ちになる。
「───き」
「ん?なんて」
「…す、きです。貴方が、好き」
ぽろりと、涙と共に溢れ出た言葉に貴方は、切れ長の目を見開いて息を呑んだ。
ああ。やっぱり言わなければ良かった。冗談で済まそうにも、流れ落ちていった涙は戻って来ない。詰まる息は訂正すらも出来そうになかった。
「……あー、
…
──そう言って目を伏せた彼。そんなに気にしてくれなくて良い、こちらの都合で伝えたのだから、貴方がそこまで気に病む必要はないの。
ずっとただの1ファンだったわたしが貴方と、奇跡のような巡り合わせで知り合えただけでも幸せだったというのに、それ以上を望んでしまったわたしが悪いだけ。
お願いだから顔を上げて欲しい。いつもの様に笑っていて欲しい。伝えてしまったこの気持ちが邪魔ならば、すぐには無理でも少しずつ無くしていく努力はするから。でも、あわよくば以前のようにまた遊んでくれたらなと、…そんな邪で厚かましい気持ちを持ったままではだめな事はわかっているはずなのに。
「…俺さぁ、好きなやついるんだよね」
「!そっか…そうなんだ…」
暫く落ちた沈黙ののち、先ほどのわたしのようにぽつりと溢した彼の言葉に、今度はわたしが瞠目した。
彼の言葉に対してというよりも今は、そう溢した彼の横顔がなんだか、そう、苦しげだったから。
そうか、彼もわたしと一緒なんだ。けど、わたしなんかよりももっと綺麗なものなんだと思えてしまうのは、わたしが彼のことを好きだからだと思う。彼に想われる人が羨ましくないわけがない、胸が張り裂けそうだけれど、でも、わたしじゃない誰かを想っている彼が、綺麗で仕方無かった。
「…けっこー前から、好きでさぁ」
「…うん」
「…あ、わりいこんな話、」
「ううん、いい。大丈夫だから、貴方がいいなら、聞かせて?」
少しだけ申し訳無さそうに視線をくれてから、前を見つめたままゆっくりと独り言のように話し出した彼は、やっぱり苦しそうに、それでいて嬉しそうに語るから。
想われている誰かが羨ましくて、彼の気持ちが痛い程分かって、自分から聞くよと言い出したのに辛くてまた涙が溢れた。
その人は、彼より年上で、彼より当たり前に大人のはずなのに子供っぽいところもあって、料理が上手くて、でも自分の食事には無頓着で、ちょっぴり遠いところに住んでいて、強いように見せかけて脆いところもあって、優しくて、会えば楽しいはずなのに、辛くて───。
「…あーー、と。はは。なんだろ、こんな話誰かにするの始めてだったからか、も」
言葉を綴るすがら、後半になるにつれ余白が増えていっていた彼へ視線を向けると、頬には透明な筋が流れていた。
何か、言葉を─と思ったがすぐに飲み込んだ。彼が欲しいのは、わたしからの言葉なんかではないのだ。そうしたところで慰めになるのは、わたしだけだ。本当に欲しい慰めはわたしも彼も想い人からだけ。
だから、見ないふりをした。見ないふりをして頷いた。彼の吐き出したいものを全て吐き出し終えるまで、同時にわたしが彼への思いを涙と一緒に流してしまうまで。それまでは彼の隣はわたしが貰っていてもいいよね。
…
「…」
「…」
吐き出し終えたのは既に空が白み始めた頃だった。お互いに泣き腫らした目元で無言で帰り路につく。
いつからかすっかり酔いも覚めてしまって、どうしてあの時伝えてしまったんだろうという後悔を何度もした。伝えなければ、思い留めていれば、今もまだ彼と友達のままいられたのかなとか、沢山の事が過ぎったけど。伝えてしまったからこそ、誰にも言ったことが無かったという彼の溜めた思いを聞くことができたのだから。
「…ごめん、送ってもらっちゃって」
「いーよべつに、俺の話聞いてくれたんだし」
「ううん、わたしが聞くって言ったんだよ」
「ん。じゃあごめんじゃねえよな?」
「ふ、そうだね、送ってくれてありがとう。」
やっといつもの彼のような笑みが溢れた。それに安心してわたしも同じく笑った。
ああ、ちゃんと折り合いを付けられたと思っていたのに。彼の笑顔を見ると、未だ思いを捨て切れていなかったのだと思い知らされる。
去り際の彼の裾摘んで呼び止めた。あんなに想い人への思いを彼の口から嫌という位に聞いたばかりなのに、期待を捨てて居ない浅ましい自分がいやになる。
「…どしたあ?」
「ごめん、いっぱい好きな人の話聞いたばっかりなのに、でも、だから、ちゃんと諦めるから、…最後に抱きしめて、ほしいんだ、けど。ごめん、駄目かな」
俯いたまま捲し立てた。もしかしたら、会えない想い人の代わりにしてもらえるかもって。下を向いていたら分からないかもしれないじゃない。多少の身長差や体型の違いはあれど、同性なら…なんて、拒絶した目を向けられるのが怖かったから、見れなかっただけ、見られたくなかっただけ。こんな情けない、どうしようもないやつの顔を見て欲しくなかった。
「…ん。ごめんな」
そう言った彼は、ぽんとわたしの頭にその大きな手を乗せて高い位置で縛っていた髪の根本までゆっくりと撫ぜた。
そして摘んだままだった手を逆の手で優しく外して、もう一度ごめんな、と下を向いたままいるわたしに呟いて踵を返し振り返ることなく去っていった。
姿が見えなくなるまで涙で滲む視界もそのままに立ち尽くしていたわたしは、いつの間にやら部屋へ帰っていて、そしてまた泣いた。
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