甘い珈琲を意地っ張りな君に




目の前に出された温かそうに湯気をあげるコーヒーにおずおずと顔を近づけてみる。
香ったのはよく知るコーヒーの匂いとは少し違う、どこか普通のコーヒーよりも不味いのではないかと思わせるようなものであった。しかし流石に出されたものにそんな文句はつけられまいと、思い切って啜ってみればやはりと言わんばかりに口腔内に広がるは想像していた以上の何とも言えぬ味と香り。
苦みもさる事ながらこれまでにコーヒーを口にした時には味わったことのない酸味と渋み。
吐き出してはいけない...!傾けたコーヒーカップの向こう側には重ねられた書類の数々。
そんな心とは裏腹に身体は、最早異物とも言えようそれを吐き出そうとして、何度も吹き出しそうになる。寸でのところで何とか押し留めて、嘔吐く喉に無理矢理流し込み口腔内に漂うこのコーヒーの臭いを入れ替えようと深呼吸をする、のだが、空気を吸い込んだ事により思惑を裏切るかのように香りが増幅し逆に噎せ込んだ。

「な、なんてもん、飲ますんだ」

息も絶え絶えに自分に件のコーヒーを飲ませた本人にそう詰めると、同じく先程一緒に淹れたのであろうあのコーヒーを啜りながらあっけらかんと答える。

「ただ美味いだけのコーヒーなんか飲んでも眠気なんか醒めるかよ、吐き出す程不味くてやっと目が醒めるってもんだろ」

ずず、当たり前のように再び啜り飲みながら提出した書類に目を落とす。もしかしたらあのコーヒーは自分が飲んだものとは全くの別物で、考えたくはないが自分に出されたものは嫌がらせか何かで、雑巾汁を絞る等してあそこまで不味く作られたものなのでは?ともんもんとしていると、考えが読み取られたかのようにこちらにちろりと一瞥をくれると、疑わしいのならばこっちも飲んでみるかとカップから口を離し、挑発するように傾けてきた。

「お子ちゃまには、珈琲なんて早かったか?」

嘲るように鼻を鳴らされそう言われると、こちらもかちんと来るってもんだ。
だが悲しいかな上司と部下である関係上、反抗する術などはなく、ただ歯噛みするしかなかった。
するとそんな俺を見て更に追撃をするかのように、ほぅら、砂糖とミルクを取ってきてあげましょうね、等と言うものだから、ぎりぎりの所まで張り詰めていた堪忍袋の緒が遂に自分の中でぷつりと切れる音がした気がした。

「そうですね、まったくもってあなたが言う通り、俺にはまだこんなコーヒーの美味さなんて解りません」

最初の一口目以来口元に近づく気配のなかったカップを、勢いに任せてぐっと飲み干す。
再び喉を通ってゆくあの悪夢に目眩がする。はじめよりも多い量と、少し冷めた事により一層増した酸味が堪らなく不快感を煽る。
俺の行動に目を瞠ったかと思えば、直ぐ様にやり愉しそうに眇め、俺の次の手を待っているよう。
口内に渦巻く独特の風味を誤魔化すように小さく舌を打てば、書類から上げたままの視線でまた声も無く嘲笑を浮かべていた。


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