危険なラプソディー
偶然だった。どうしてか、その場に足が縫とめられたように動く事が出来ない。視線すらも、二人から離せなかった。
*
お疲れ様でした!大きく挨拶の号令がかかり、本日の部活は終了した。汗にまみれた顔や身体を拭きながらチームメイトと部室へと向かう。熱心な者は自主練に励むため、まだ部室には戻らずボールを突き走り回っているようだ。その中にはレギュラーである兄も例外無く混じっている。
俺はといえば、兄と一緒になって兄弟仲良く自主練をする気にもなれず、毎回一足先に家に帰って宿題をするなりテレビを見るなりと過ごしていた。
宿題も終わって一息ついた頃、ふと思い立ちいつもとは違うストバスのコートへ行こうと、前の籠にボールを入れて自転車に跨った。満点の星空を見上げながら上機嫌にペダルを踏み込むとひんやりした風が俺を包み、とても気持ちが良い。
満月と星屑が追いかけてくる中、軽快に走る自転車は俺を目的地まであっという間に連れてゆく。
街灯の照らす入口に自転車を停めボールを取り出す。確かめるように地面に一突きすれば手に馴染んだそれが跳ね返ってくる。当たり前なはずのそれがなんだか無性に嬉しく感じて、俺は小走りにコートへと向かった。
バスケットコートに向かう途中、子供向けの遊具が並ぶ開けた広場の片隅に、見慣れた二人分の人影があった。そのうち一人は騒がしい黒髪の後輩で、もう1人は同じ髪色同じ名字のひとつ上の兄だ。二人ともまだ学校で自主練をしているものとばかり思っていたのだが…今日は早めに切り上げてストバスに来ていたのだろうか。まあたまには気分を変えて体育館でなく別の所で練習するのも悪くはないだろう。だがそれにしても珍しい組み合わせだと改めて思った。
二人増えればゲームも出来る。なんなら緑間あたり呼びつけて2on2でもやろうかと、声を掛けようとした。のだが、なんだろう、この、雰囲気、は。
「目、」
「はぁい、宮地さんも」
「…ん。」
咄嗟に口を噤み茂みに隠れてしまった。だが、こんな状況でやぁと出て行ける程俺は無神経でもなければ空気の読めない男ではない。緑間と違って。
恐らく弧を描いていたであろう橙色が閉じられ、兄の手が高尾の頬に添えられる。
ほんの一瞬顔を緩ませたかと思うと頭の位置を下げて高尾の唇と彼のそれが重なった。
遠くからでしっかりとは見えていない上に見せつける意図があいつらにはある訳ではないが、誠に信じ難い事に所謂キスとやらを兄と後輩は俺の目の前でしているのだ。
そういえばこの辺りに高尾の家があるんだったか。そりゃ高尾にゃ遭遇してもおかしくねぇか、ていうか高尾って男だよな、兄貴も男だよな?やっぱ、あいつら男同士だよな。あれ。つか、いつからそんな関係だったんだよ、まじ全然気付かなかったわ。つか高尾の奴緑間じゃねーのかよ、よりによって兄貴なのかよ、まあどちらからその関係を持ち掛けたのかは知らねーが、一体なんなんだ。ああ。もう。ああ。
混乱する頭には次々と疑問が産まれては消えてゆく。小規模なパニックを起こしていると二人の繋がっていた唇が離れた。どちらともなく離された唇は唾液でてらりといやらしく光り、思わず心が跳ねる。高尾は、あんなにも妖艶だったろうかと、自分に問いかけてしまうほど。
「ん、みゃじさん、すき」
ぎゅう。赤くなっている頬を隠すように高尾は兄貴の胸に顔を埋めた。そして兄貴はそんな高尾を普段見せないような柔和な表情で見つめ、満更でもなさそうにその頭をひと撫でして、高尾と同じように音が聞こえそうなくらいに強く抱きしめてから潔く離れた。
「そろそろ夕飯だろ、送ってくわ」
「まじすか、やだ、和成チョー嬉しい」
「はいはい」
いつもの部活中だったならば、高尾が軽口をたたけば鬼のように罵声や拳が飛んでいたであろうに、今はといえば、甘く笑いながら黒髪をかき混ぜおまけに家まで送るときた。あれはほんとうに自分の兄なのだろうか。
ぼうっとしているといつの間にやら、そこにいたはずの二人の姿は既になく、月と星が照らす人気のない公園にただ一人佇んでいた。
「…ぁ、晩飯、」
ふらりと立ち上がって本来の目的さえ忘れて、来た時と同じように籠にボールを入れて自転車に跨る。心なしか、来た時よりもペダルが重く感じたが、そんな自分を誤魔化すように頭を振ってみる。目に焼き付いて離れないあの情景はもしかしたら、夢だったりしないだろうか、そんな幻想も膝をついていた事でめり込んでいた砂利のあとと痛みが俺に現実だったのだと教える。
ものの10秒にも満たない出来事だったはずなのに、俺には果てしなく長い時間に感じられた。
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