どうして来てしまったのだろうと今更後悔しても仕方がない。あの夕陽の日の決意を責めたところで何も変わりはしないのだから。仕方ない、仕方ないんだと自分に言い聞かせて由貴はゆっくりとバスを降りる。あれ東京タワー!?と騒ぐ日向の横を通り過ぎて、隠すことなく息を吐いた。
あの遠征から二週間が経過した今日、世間は夏休みに突入しているだろうこの日に由貴は最早成り行きとは言えない経緯で合宿に参加した。黒尾のニヒルな笑みに睨みを利かせるが、こいつと“あいつ”のおかげで安寧の合宿生活が送れないことなど容易に想像できた。
「あーーっ!!由貴じゃねーか!!」
そういえばこいつも厄介だったなと思い出してまたもや溜息をつく。駆けてきた木兎は何故溜息をつかれたのか分かっていないのか首をかしげたが、すぐに笑顔になった。
「久しぶりだなぁおい!来てくれるって信じてたぜ!!」
「何言ってるんですか木兎さん、あなたこの前影山さんは来ないんじゃないかって言ってたじゃないですか」
木兎の背後からにょっと出てきた赤葦に、由貴はつい息を呑む。赤葦はそれに気づかなかったのか小さく笑みを浮かべて由貴に目を向けた。
「久しぶり、影山さん」
「……お久しぶりです」
話しかけられるとは思わなかったので少し出遅れた。とはいえ彼はあまり気にしたようではなかったし、由貴も自然を取り繕う。結局由貴は二人と一緒に体育館まで行く羽目になり、のちに黒尾に散々からかわれた。



都心部から離れたこの合宿所も昼を過ぎれば気温は上がる。何もしていなくても汗の珠が首筋を伝い、由貴は顔をしかめた。男子たちは相変わらず元気に試合をしている。この暑い中よくもまああんなに動けるものだ。とはいえ由貴もあのくらいの運動は昔なら日常茶飯事であったが。
「赤葦ィィ!俺によこせ――ッ!」
木兎の声が非常にうるさい。体育館故、余計に響いてしまうため聞きたくなくても聞こえてしまう。
「相変わらずあそこの梟はうるせーなぁ」
黒尾の一言に心中ですごく同意する。黒尾は基本的に苦手だが、別に嫌いではないからこうして意見が合うことは間々ある。決して口に出したりはしないため黒尾は知らないだろうが。
「にしても由貴チャン来てくれてマジで嬉しいよ」
――やっぱり嫌いになりそうである。「…由貴チャン今失礼なこと考えただろ?」黒尾は眉根を寄せて問うてきたが由貴は素知らぬふりをした。
「なあ、何でまた来たの?」
「会いたくなかったのなら今すぐ立ち去りますが」
「いや違うから!ここにいろよ!」
ぐいぐい腕を引っ張る黒尾にやれやれと肩を竦めたくなる。
「何でも良いでしょう。人手が足りないからわざわざ来てあげたのに」
「分かった分かった。アリガト。あとでアイス奢ってやるから」
「いりません」
「え、そう?あー、分かったよ、じゃあ赤葦と二人っきりにさせてやるから機嫌直せよ」
「余計直りません」
おちょくってんなこいつ、と目で訴えればバレた?とでもいう感じに彼の唇の端が吊り上がった。いつまでも彼に付き合ってやれないので背中を叩いてコートへ送れば、夜久に済みませんと平謝りされた。こんなやつが主将だなんて音駒は大変だなあと同情する。
「クロの相手って大変じゃない?」
そう声をかけてきたのは音駒のセッターである弧爪だった。
「そうですね」
「先輩だからって遠慮しないんだね」
一言、そう呟いて弧爪はコートへ入っていく。これまで全く接触がなかったし、彼は人見知りしそうな感じだったから突然声をかけられ少々驚いた。どういう心境の変化なのか気になる。だが仕事をしなければいけないので、ニヤついた黒尾に素っ気なく顔を背けた弧爪を一瞥して由貴は踵を返した。


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