合宿遠征、二日目。この日も烏野は負けっぱなし、音駒は勝ち負けを繰り返していた。
「影山さん、父兄の方からスイカの差し入れ貰ったから切ってくれる?」
「分かりました」
梟谷のマネージャーと共に大量のスイカを切り分けていく。「で?」不意に声をかけられ、由貴は何だろうと隣を見た。
「影山さん、黒尾をどう思ってるの?」
「……は?」
「いやいや赤葦!!絶対赤葦のほうが良いよ!おススメ!!」
何を言っているんだろうこの人たちは――困惑する。
そんな由貴の動揺を他所に二人はどんどん会話を繰り広げてゆく。黒尾のほうがお似合いだとか、赤葦のほうが安定しているだとか…まったくついて行けない。かといってここで何の話をしているのかと訊けば、絶対に面倒なことになる。それだけは確信していた。
「澤村」
ぼそり、背後にいた清水が呟く。
「あいつ、世話焼きだからあなたなら意外と落とせるかもしれない」
「え…?」
「ああ!淡々としてる影山さんだからこそ気になっちゃうってやつね!」
「現にあなたが音駒の人と馴染めるかすごく心配してた」
あなたが黒尾に絡まれてた時の澤村の顔といったらもう…、と半笑いで述べる清水に何て言えばいいのかさっぱり分からない。
「うーん、でも私はやっぱり黒尾が気になるなぁ。まあ赤葦も応援したいけど…」
「雪絵!そこは自分のとこのメンバー応援しろよ!!それにあの黒尾は絶対面白がってるだけだって!!」
雀田、白福の会話に由貴はこの話題の断片を少しずつ掴んできた。要はあれだ、恋愛トークだこれは。
「あの…私は誰もそういう風に見たことがないんで」
「本当にー??」
「本当です」
「じゃあじゃあ、木兎は?」
「木兎さんは勘弁してください」
そっかぁ、と笑う白福から目を逸らして切れたスイカを皿に盛った。
「まあ確かに木兎相手とかしんどい!私なら無理!」
「ですよね…さ、スイカ渡しに行きましょう」



「皆さーん!森然高校の父兄の方からスイカの差し入れでーす!!」
その一言により疲れ切っていた皆の顔に笑顔が戻った。一切れじゃ飽き足らず二切れ、三切れと手を出す面々の腹が心配であったが由貴は何も言わなかった。
「……月島、一切れで良いの?」
「うん。ゴチソウサマデシタ」
ただ、すぐに皆の輪から離れた月島には一応声をかけたものの、彼はあっさりどこかへと行ってしまった。
「影山さん、スイカある?」
「はい」
赤葦に訊ねられたので残り一切れを渡す。それにしても他のマネージャーがまだたくさん持っているのに何故わざわざこちらへ…?不思議に思い周囲を見れば白福がこちらを見てグッと親指を立てた。成程、赤葦は彼女の術中にまんまとはまったらしい。そんな関係ではないというのに呆れてしまう。女子高生とは恐ろしいものだ。
「? どうしたの?」
「いや…何でもありません」
まったく気づいていない赤葦は呑気に由貴の目の前でスイカを頬張りだした。
「由貴――!!俺のスイカは!!?」
「ありません」
「ガーン!!」
「他の人から貰ってください」
何でこっちに来るんだという言葉を飲み込み、うなだれている木兎の背を叩く。それでもまだ愕然としている木兎を見兼ねて赤葦が口を開く。
「大体木兎さんはさっき食べてたじゃないですか。あんまり食べすぎると後の試合に影響でますよ」
「むぎーっ!!目の前で食ってる赤葦に言われたくねー!」
「俺は一切れ目なんで」
「ちょっとくれ!」
「嫌です」
むしろ何でくれると思ったのか。
頑なな赤葦の態度にこりゃ駄目だと悟ったのか、木兎は大人しく違う人のところへ駆けていった。相変わらず騒がしいやつである。
拗ねた背中をぼんやり眺めていたら再び赤葦に名を呼ばれる。
「………影山さんは食べないの?」
そんなことを訊かれるとは予想外である。「皆さんの分でなくなっちゃいましたね」然程食べたいとは思っていなかったので構わないが。白福や谷地が美味しそうにスイカを食べているのを見るだけで充分だ。しかし赤葦はそう思わなかったようで「もしかしてこれ影山さんの分だった?」と言った。声音は完全に“やってしまった…”だ。
「え?あ、いや、良いですよ。私よりも赤葦さんのほうが栄養補給しておかないと…」
「……………」
眉根を寄せた赤葦は、残りのスイカを手で割る。不出来な形になってしまったが彼は気にしていないようだった。何をしているんだろうと考えていれば赤葦は割れた半分を由貴に差し出した。
「……………え」
「あげる。あ、口つけてないほうだから」
「でも」
「良いの。影山さん頑張ってるし倒れられたら困るよ」
有無を言わさず渡す赤葦。意外と強引だなと思いながらも折角なので厚意に甘えることにした。「済みません、ありがとうございます」しゃり、口に含めば甘酸っぱい爽やかな風味が口内を満たした。由貴が食べたことを確認した赤葦も咀嚼を続ける。
皆の喧騒が遠い。ちりん、とどこかで鳴る風鈴が二人の空気に融ける。由貴たちがいる日陰を通り過ぎる風は冷たくて心地良い。
「…夏ですね」
「そうだね」
最後の一口は、とびきり甘かった。


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