優しい脅迫
最初は、特に何も感じなかった。避けられていることは気になったが、それ以外に何もなかった。黒尾の“知り合いじゃないのか”という問いにも、自信を持って「知らない」と言えた。それだけだった。それだけの筈だった。
いつから彼女を目で追うようになったのか。いつから彼女に気を許すようになっていたのか。いつから彼女の隣にいる黒尾に嫉妬の目を向けるようになったのか。
考え出してはきりがない。
別に惚れっぽい性格ではない。今まで接してきた女の子たちにも特別な感情を抱くことはなかった。付き合ってくれとせがんできた子たちも、結局最後まで想いが成熟し切れずに別れた。
以前、先輩の木葉に訊かれたことがあった。
『赤葦の好きなタイプってどんな子?』
女の子との関係が上手くいかない赤葦を見兼ねて訊ねたのだろう。その時、赤葦は漸く真面目に“理想のタイプ”というのを考えた。
『タイプと言われても…』
『いやいやそんくらいあるだろー。カワイイ子とか優しい子とか』
例えが単純すぎる。参考にはならないなと思い、改めて考える。手近なクラスメイトの顔を思い浮かべてもあまりピンとこない。見た目が可愛い子はいるものの、可愛いと思うだけでそれ以上を思うことはなかった。だから、ただ容姿が良いだけじゃ自分は駄目なのだろう。
『まあ……強いのに弱い人、とか』
『………ハァ?』
『意思があって、かっこよくて、一見手助けなんて要らないように見えるけど……守ってあげたくなる人…ですかね』
『お前…………』
それ誰かのこと言ってない?と怪訝そうに呟いた木葉に、赤葦はきょとんとした。
確かに今考えれば、あの時の回答はまるで誰かのことを説明しているようにも捉えられる。しかし当時はそんな女の子周りにはいなかったし、赤葦自身、今まで回答通りのすごい女の子と出会ったことなどない筈だった。
『腕は…本当に大丈夫なんですか?』
一瞬だけ見せたあの怯えた姿に、赤葦の中で何かがざわついた――守ってあげたいと思った。
彼女は強かった。彼女はかっこよかった。彼女は何でも卒なくこなした。でも、それでも、何故かとても気になった。大丈夫だろうかと心配になった。
どうして彼女の存在が、こうも易々と自分の中に入ってくる。知り合って間もないのに。大して話してもいないのに。何も知らないのに。どうして彼女の背中を知っている。どうして当たり前のようにその背中を見つめている。彼女の隣にいるのが自分ではない事実を、どうして受け入れている。
好きではない。でも、何とも思わないわけではない。じゃあ何なんだ。この感情の正体が分からない。好きではないのに、どうしてこんなにも焦がれている。何故彼女を想っている。
「……何なんだ…」
――あんた、何なんだよ。
答えは返ってこなかった。