“彼”は規則正しい生活を送っていた。いや、兵士たるもの時間厳守であるため、必然的に決められた時間に起床し、決められた時間内で朝食を済ませるものだ。簡素な食堂に行けば、同期の一人がこちらに手を振った。
この兵団において“彼”と同期の者は四人いた。二人は初めての遠征時に殉職し、もう一人は一年ほど前に右脚を失って兵士を辞めた。故に今兵団内で彼と同期の者は、一人しかいない。この同期はいつもヘラヘラ笑っていて噂話などにはすぐ食いつくという所謂お調子者という奴だった。しかし殉職率が高いこの兵団においていまだ生き残っているということは、実力は確かなのだろう。この同期は訓練兵時代、“彼”よりも成績順位は低かったものの十位以内にはいたことを思い出す。
「おはよ」
席につけば同期はペラペラと話しだした。
同期は“彼”がいい加減に相槌を打っていても大して気にしない。その様に、すごい精神力だなといつも感心していた。
「それでよー、その先輩が……」
「……!」
その時“彼”の視界にある人物が入った。焦点を同期から外して彼女を視界の中心に収める。
濡れたような黒髪。しなやかな四肢。低い背。白い肌。涼やかな目元。薄桃色の唇。その容姿は雲鬢花顔という言葉が似合っている。
彼女と話した回数は片手で足りる程度でそれも“彼”が訓練兵時代、彼女が特別講師としてやって来た折。華奢な女性だという印象を抱いたが、体術訓練の時に彼女と組手を組んだ際、その印象は覆った。あまりにも強すぎたのだ。ほっそりとした体から繰り出される技。息一つ乱れない美しい姿。そして“彼”を射抜く怜悧な瞳。
強烈に、憧れた。
「……って言ったんだよー。笑っちゃうだろ?」
「…ああ………」
この場に彼女がいる瞬間だけは、“彼”の耳に同期の言葉なんて入ってこなかった。返事をしていても“彼”の五感は彼女の存在を掬うことに全てを注いでいる。食堂の従業員と話している声だって聞こえてくるようだ。
しかし。
「おい」
落ち着いたテノールの声に、“彼”の視線はそちらへ移る。
「ああおはよう、リヴァイ」
「………お前昨日ちゃんと寝たのか?眠そうだな」
「暑くて眠れなかった」
唯一、彼女の隣にいることが許された存在。唯一、彼女を守ることができる存在。――それは“彼”よりも小さく、“彼”よりも強く、“彼”よりも階級が上の男だった。
何度その隣を羨んだことか。何度、彼女を守れる存在になれればいいかと思ったことか。彼女を見ている中で“彼”の中にあった憧れは、段々と別の名の感情に変わっていった。
「……おーい、ちゃんと聞いてるか?」
「! ああ」
「やっぱお前、朝は弱いなぁ」
からからと笑う同期に曖昧な笑みで合わせる。そしてもう一度彼女を見れば、小柄なあの男と楽しそうに話していた。
「……もう行く」
「え?でもまだあんまり食べてねーじゃん」
「食欲ない」
心配そうにこちらを窺う同期の目を振り切ってさっさと食堂を出る。
直前に鼓膜を震わせた彼女の声は“彼”の心をひどく掻き乱した。


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