「だん……団長が、ですか?」
「ああそうだ。至急、団長室に赴くといい。なんでも急用だそうだ」
あの感動的な出来事から一週間後、“彼”は兵団長であるエルヴィンから呼び出された。
知らせてくれた先輩に礼を述べ、“彼”は急ぎ足で団長室に向かった。急用と言っていたが何なんだろう。己のような一介の兵士が呼ばれる理由とは一体――考えれば考える程悪い方向に向かってゆく。もしや先日の書類で重大なミスでも犯してしまっただろうかだなんて悶々と考えながら、“彼”は団長室の前までやって来た。
「入りたまえ」
「…失礼します」
立派な扉を開ける。実は団長室に入るのは初めてであった。落ち着きを払おうとするのに、生憎目は見慣れぬ空間にきょろきょろと動いた。
中央奥で団長が作業机に両肘をついて待っていた。左右には大きな本棚。たくさんの書物が収納されていて、背表紙だけでも高価そうな印象があった。右手には脚の長いテーブルとイス。そして左には……。
「!?」
「やあ」
何故か彼女が、ソファに座っているではないか。何で、どうして、と疑問が溢れ出したが言葉を紡ぐことはなかった。
「本題に入って良いかな?」
「! はい!」
驚いている“彼”に微笑みを向け、エルヴィンは口を開く。少し恥ずかしくなった。
「突然こんな風に呼び出して済まない。決して君にとって悪い話じゃないし、むしろ良い話だから気楽に聞きたまえ」
「は、はい……?」
困惑する“彼”を他所にエルヴィンは続ける。
「実はね、そこで自分の家のようにゆったりと座っている彼女が、突然補佐官が欲しいと言い出してね」
「…一言余計だ、エルヴィン」
「そこで是非とも君に彼女の補佐をしてほしいと思うんだが…どうかな?」
どうかな。そう訊かれても、“彼”の思考はまともに働かなかった。これは夢か?だなんて真面目に考え出している時点で自分が混乱していることがよく分かった。
「あ、あの…何故自分なのでしょう。他にも優秀な人がいるのに…」
「お前は遠征での成績も良いし、デスクワークも完璧だ。だから欲しいと思った」
それ以外にも何か理由が必要か?と彼女の目が訊いてくる。「…突然で済まないね。本当は班長の中から彼女の補佐官を選ぼうと思ったんだが、一週間ほど前に彼女が君を補佐官にしたいと推薦してきてね…」混乱していることを察したエルヴィンが経緯を述べる。一週間前といえば彼女と目が合った日だろうか。
――嬉しい。
「どうする?勿論君には着任拒否権がある。我々の顔を気にする必要はないから、正直に答えてくれ」
そんなの、決まっている。

「――やります。是非やらせてください」

迷う必要などなかった。満足そうに笑みを湛えるエルヴィンから視線を横に流せば、彼女も小さく口角を上げていた。やっぱりかっこいい。
「じゃあ本日付けでお前は私の補佐官だ。色々説明したいことがあるからついて来い」
「えっ、あっ…はい!」
笑みを消さない団長に一礼をしてから“彼”はすぐさま彼女のあとを追った。
執務室へ向かう道。昨日まで、その脇で彼女が通り過ぎるのをただ眺めることしかできなかった自分。だが今は違う。あんなに遠かった背中がこんなにも近い。
「…よろしくお願いします、ユキさん」
「ああ……期待してる」
その一言だけで、一生ユキについていこうと誓えた。


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