血風が頬を撫ぜた。その度、“俺”は焦りを感じた。
いなくなった彼女。いなくなった彼。進むごとに濃くなっていく血の匂い。いつもと違った今日の彼女の姿を思い浮かべる度、この心配が杞憂であってくれと願った。
やがて視界が開ける。ざくざく、何かに刃を突き刺す音が響く。風に揺らめく葉は真っ赤に染まっていた。近くには最近ちょっと生意気だなと話題になっていた兵士。彼の視線の先には、倒れて水蒸気を上げている化物に対しひたすらブレードを突き刺し続けている彼女がいた。その足下には幾分か小さい自由の翼の外套が。
どうして“俺”の悪い予感は、当たるのか。沈む気持ちのまま、破損したブレードを振り上げる彼女の腕を掴んだ。
「…もう死んでますよ」
果たしてそれは化物に対し言ったのか、それともこの場にいない彼に向かって言ったのか。
彼女は無言のまま暫く硬直していたが、腕の力がふっと抜けたので“俺”は手を離した。細腕はだらりと下がってブレードを手離した。からん、間抜けな音を立ててそれは茂みの中に埋もれる。刹那、彼女は力なく座り込んだ。その後ろ姿は驚くほど小さくて儚かった。
「……す…すみま…せん」
ふと、兵士が呟く。顔をそちらに向ければ兵士は顔面蒼白で、表情筋が引き攣っていた。いけない、“俺”は今、怯えられるほど怖い顔をしているのだろうか。いや違う落ち着け。この兵士はそんなことで小さくなっているんじゃない。
「おれが…おれを……かばって…」
「……分かってるから。さぁ、帰ろう」
これ以上口走らせるわけにもいかないのでなるべく冷静を装うが、兵士は聞いていなかった。おれの所為で、おれが悪い、と懺悔するその様にまたもや嫌な予感がした。
「――ああそうだ」
突然彼女の声がこの場に響く。驚くほど静かで、驚くほど冷めていた。
「あいつが死んだのはお前の所為だ。お前の下らん見栄の所為で…あいつは死んだ」
まずい、止めなければ。そう思うのに、体は動いてくれない。

「お前の所為で、リヴァイは死んだんだ」

言葉とは、なんて恐ろしいものなのか。状況的に察していたのに、いざその事実を耳で聞くと凄まじいほどの衝撃になる。いかに彼女が悲しんでいるのか分かってしまう。
「……―もう、行きましょう」
これ以上ここにいるのは耐えられなかった。彼女もそう思ったのかふらりと立ち上がった。ブレードをしっかり持って。兵士に斬りかかるんじゃないかと一瞬肝を冷やしたが、彼女は兵士に興味などないらしく無視して立体機動に移った。
その後すぐに応援が二名ほど駆けつけたので兵士を預けた。今の“俺”に兵士を気遣う余裕なんてない。彼女が心配で堪らなかった。
この巨大樹が並ぶ地形は立体機動を使うのに非常に有効だ。いまだ襲いかかってくる化物どもを斬り倒しながら“俺”たちは集合地点へと急ぐ。しかしその時、異変が起こった。
「なっ…分隊長!?」
彼女が急に軌道を変えた。行き先は化物どもがはびこる場所。驚いた兵士たちは軌道修正できずにそのまま進み続ける。
「“俺”が追うから先に集合地点行ってて」
「はっ?!ちょっ補佐官!!」
ふざけんなよ!と動揺する兵士たちに内心詫びて加速する。
(追いつけない…)彼女は素早かった。なにせ兵団の中でも彼女は立体機動術がずば抜けて上手いのだ。“俺”如きがそう簡単に追いつけるわけもない。それに今の彼女はガス残量を気にしたりしないだろう。
「あの人……ここで死ぬ気か…ッ」
彼女のことなら何でも分かってしまう己に、泣きたくなった。


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