誘った張本人が、補習の所為で同行できないことが判明した。
「…ふざけてんの?」
「…………悪い」
というわけで、兄とその相棒を置いて一足先に東京へ行くこととなった。
道程で主将や副主将、二年生、一年生、マネージャーの人たちと挨拶を交わした。当日より前に何度か顔合わせをしたものの、気まずさからか由貴はほんの少し息が詰まった。こういう場所は、居心地が悪い。
東京は宮城よりも建物が多く、高さもあった。威圧を感じながらもバスは進み、目的地へ辿り着く。今頃兄は補習で苦しんでいるだろうかなんて思いながら、時計を確認して由貴はバスを降りる。他校生の目がとても癇に障った。
「なっ!じょ、女子が三人になっとる…………!?」
気合の入った髪型の男子に凝視される。「仁花ちゃん、由貴ちゃん、気にしなくていいから」先輩マネージャーの清水潔子からそう言われたので無視することにした。
烏野を出迎えてくれた音駒という高校は、以前一度練習試合を行ったことがあるらしく、各々再会を喜んでいた。「見たか虎よ、これが烏野の力だ」マネージャーの増加(由貴は遠征のみだが)を鼻にかける田中に、虎と呼ばれたモヒカンの男子は悔しそうな顔をした。
「じゃあ準備できたらすぐに体育館に行くぞ。もう他の連中も集まって来てる」
「…おう」
音駒の主将はニヤリと笑った。



「ドリンクやタオルを渡すとか得点板の管理って本当は自分の学校の分だけで良いんだけど、音駒はマネージャー不在だから、影山さんには今回音駒のフォローをしてもらいたいの」
「分かりました」
他校のマネージャーの話を聞きながら由貴は以前清水から受けた説明を思い出す。運動部のマネージャーは由貴の記憶にある限り初体験なので、事前に手順を指南してもらう必要があったのだ。「やり方とか分かる?」「大体は清水さんから聞きました。分からなくなれば改めて質問します」「分かった。それじゃ、無理しないでね」呑気に手を振って去る彼女の背中を一瞥して、由貴はするべきことと向き合った。
「おっ臨時のマネさん?」
あちーあちーと手で仰ぎながら、黒髪の男がこちらに歩み寄る。先程澤村と話していた人物だ。
「俺、主将の黒尾っていうの。クロセンパイって呼んでいーよ」
「よろしくお願いします、黒尾さん」
「…………」
「ところで、指、大丈夫ですか」
口元が引き攣っている彼の顔から指へと視線を滑らせる。動かしづらそうに…というか、むしろ庇っている風にも見受けられる左手の指。彼が自分に近寄ってきたのはテーピングを施してもらう為だろう。
「へえ、よく分かったな。前に運動部のマネージャーとかしてたの?」
「今回が初めてです」
「ウッソ……マジで?」
「はい」
その割には手際が良いなぁ、だなんて呟く黒尾。由貴は何も答えなかった。
「……できました」
「アリガトね」
しかしテーピング作業が終わっても彼が立ち去る気配はない。何だろうと見上げれば、黒尾がじっとこちらを凝視していた。思わず、眉をひそめる。すると黒尾は面白そうに笑った。
「キミ、そちらの一年セッターくんと双子って聞いたけどあんまり似てないね」
「……まあ二卵性双生児ですから」
「いやそういう意味じゃなくてね……ま、いっか」
黒尾はもう一度礼を言って由貴の頭をポンと撫でると、左手をひらひらさせながら皆のところへ帰っていった。由貴の中は嫌悪で満たされた。


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