それから数時間後、田中の姉に連れられて兄と日向がやって来た。遅い登場である。二人とも汗だくで、駐車場から焦ってここまで走って来たことが容易に窺えた。だが疲労など感じさせずに二人は水分補給をし、ストレッチと準備運動を終えてすぐに試合に参加する。恐ろしいくらいのストイックさに由貴は瞠目した。バレーに対し、兄がこんなに真剣に向き合っていることを初めて知った。知ろうと思わなかったため当たり前のことなのだが、彼がここまで真面目な顔つきで且つ楽しそうにしている姿は今まで見たことがなかったのである。
「オニーサンのああいう姿見るの、初めて?」
「!」
ドリンクを渡す際、黒尾にそんな質問をされた。どことなく面白がっている感じがして、由貴は不愉快な表情を隠さなかった。それを見かねた背の低い男子が(夜久、というらしい)黒尾を窘めてくれた。
「あ、あの本当に済みません人様の事情に首突っ込んで……ああいう飄々とした奴なんで相手にしないでください」
「いえ……こちらこそ済みません。次回からはちゃんと無視しますんで」
「そうしてもらえると助かります」
「おーい、無視するって聞こえたんだけどー夜久ーそこ突っ込んでくんなーい」
夜久が常識人で助かった。背後で黒尾がまだ何か文句を言っているが、由貴は宣言通り無視した。すると音駒の一年が「あの、次の対戦校ってどこですか?」と訊ねてきた。中々神経が図太い一年である。
「梟谷っていうところだよ」
「ありがとうございます!」
「うわー…うるさいところとかぁ」
一年(後から訊いたが犬岡という名らしい)の年相応な笑顔を見ていれば、またもや背後から声が。凝りもせずまだ付きまとってくる黒尾に由貴は隠すことなく溜息をついた。由貴チャン俺の扱いなんか酷くない?と言ってくるが、敢えて由貴は答えなかった。そもそも名前呼びを許可した覚えはない。
「ヘイヘイヘーイ!!黒尾!次勝つのも俺たちだぞー!!」
この二人の空気を割って入ってくる梟谷の彼は、成程確かにうるさい。特徴的な髪型の男子が拳を突き上げて宣戦布告する中、黒尾は気怠そうに頭を掻いた。
その時。
「木兎さんうるさいです」

――何で、ここにいる。

「何だよ赤葦、乗ってこいよ!」
「無理です」
「お前のテンションについて行ける奴なんていねーよ」
「もうちょっと俺に付き合ったげて!!ほらマネさんも!!」
「いやこの子はどう考えてもお前には……ってどうしたの由貴チャン」

――何で、その姿なんだ。

「……はい?」
「いやどうしたの、すっげー怖い顔してるけど」
「―――……、何でもありません。私、得点板見てきます」
「あっ、おい!」

『そうですね…俺も、ひどいやつだ』

――ああそうだ、お前はひどいやつだ。死んでも尚私の前に現れるんだから。
黒尾と、あいつの視線が背中に突き刺さる。それでも気づかないふりをして、由貴はベンチまで一度も振り返らずに足を進めた。


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