喧騒から遠くなるにつれて、赤葦の鼓動は激しくなっていった。静かな深緑とは裏腹に煩い己の心中に赤葦はもどかしくなる。
バーベキューをやっている中庭を抜け、合宿所の裏にある木々へ向かう。月島の話だとこの辺りにいるらしいが見つけられるだろうか。不安になったがそれはすぐさま払拭された。なんとなく、予感がしたのだ。多分いる。木の幹にもたれかかっている。空を、眺めている。何も言わずに。静かに。
――――いた。
足音に反応し、彼女がこちらを顔を向けた。どうしてここに、と瞳が物語っている。
「お腹空いてないの?」
問えば、由貴は頷いた。そういえばいつかの時も昼食を残していたし、元々少食なのかもしれない。
そっかと返事をして由貴の隣に座る。ぴく、と彼女が僅かに身じろいだ気がしたが敢えて知らないふりをした。
奇妙な沈黙が、二人を支配する。スイカを分け合った夏の日とは違う、空気。冷たい風が通り過ぎる。お互いが感じているのは、多分、緊張。
「影山さん」
由貴はこちらを見なかった。横顔は相変わらず美しい。真っ直ぐな黒曜石の瞳はどこか悲しげであったが、赤葦はその意味を汲み取ることができなかった。しかしながら、それが理由で踏み留まるわけにはいかない。何故だか赤葦には、これが最後のチャンスだと思わずにはいられなかった。これを逃せばもう彼女と会う機会はない。そんな気がしてならないのだ。
「…影山さん」
もう一度呼べば、今度はこちらを見た。静かなる瞳は赤葦をじっと捉える。
赤葦は、その瞳を知っていた。いつ、どこでなんて思い出せない。だけれども、知っていたのだ。彼女の喜びも、悲しみも、笑みも、涙も、黒曜石の瞳を彩る彼女の色を赤葦は知っていた。
「…ごめん、影山さん」
まず、そう述べれば由貴はひどく驚いた顔をした。
どうして最初に謝ったかなんて分からない。だけど、言わずにはいられなかった。
当惑する由貴を目で黙らせ、赤葦は再度口を開く。――“紡がなければいけない言葉”は、考えるよりも先に音になった。


「愛してる」


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