昇らない明日
ユキはこれまで、“前”の記憶があることを誰にも打ち明けたことがなかった。それは告白したところで信じてもらえないだろうという予想がついたこともあるが、それにより異端の目で見られることを恐れたのだ。
『お前の言うことを俺が疑うと思ってんのか?』
頓狂なことを暴露したにも関わらず、あまりにもあっさり信じた彼に対しユキは驚きを禁じ得なかった。確かに彼が頭ごなしに否定するとは思えなかったものの、普通“頭おかしいんじゃないのか?”だとか“疲れてるのか?”ぐらいのことは考えるのではないだろうか。だが彼はどうだ。あまりにもあっさり信じたし、それでユキを変な目で見なかった。
嘘だと疑わないの?――思わず問えば、先の言葉が返ってきたのである。
『…そう、だな』
『そうだろ。お前は俺に嘘をつかない』
『………ああ』
涙を堪えて、ユキは彼の不遜とも言える言葉に同意した。
*
“――すみません、人違いでした”
ある時、ユキが彼と街に出かけた際ユキは懐かしい顔を見た。思わず声をかけたが、その人物は怪訝そうな顔をして『人違いじゃありませんか?』と言った。
ユキはハッとして、詫びをした。
『知り合いじゃなかったのか?』
彼が問う。
『ああ…幼馴染だったよ。“前”のね』
“前の幼馴染”が行った方向を眺める。あの人の中ではもう自分は存在しないことを、すっかり忘れていた。特に仲が良かったから、調子に乗って話してしまったのだ。忘れてはいけない。“前の自分”はとっくの昔に死んでいることを。
『なあ』
彼が言う。
『“前”だか、更にその“前”かは知らねえが、俺は以前お前と出会ったか?』
ユキは記憶を辿る。覚えている限りの、多くの道を。『いや、ないと思う』彼とは今回が初めての出会いだった。
それを告げれば彼は安心したように表情を緩めた。どうしたんだろうと見つめると、彼は困ったようにゆるりと首を傾けた。
『…知らない内にお前を傷つけていてなくて良かったと思っただけだ』
驚いた。つい彼を凝視すると彼は不機嫌そうな顔をした。
『だが…きっと“次”会った時、俺はテメェのことを忘れてるんだろう』
俺には前世の記憶なんてモンねえしな。なんて、淡々と述べる彼。そうだろうなとユキは同意する。絆のおかげで“次”も覚えていただなんて、陳腐な奇跡を信じられるほどユキは若くはなかった。そして彼もそうだろう。
でも。
『まあ、もし忘れていたとしても、テメェの顔を見れば思い出すんじゃねえか』
現に覚えている自分が存在しているように、もしかしたら、とても陳腐な、夢みたいな、そんな奇跡が起こるかもしれない。たとえ今まで忘れていたとしても思い出せるかもしれない。また、家族になれるかもしれない。
可能性はゼロではない。“もしかしたら”、本当に。
『そうだと良いな…』
『ああ。……お前にあんな言葉を言わせたくねェしな』
ユキももう、“人違いでした”なんて言いたくない。自分の死を目の当たりにしたくなかった。特に、唯一の家族にそんな事実を突きつけられたくない。
だから信じることにした。