The departures.
―――思った通り、あいつは忘れていた。何もかも忘れ、十代を楽しんでいた。それでいい。何も思い出さなくていい。ただ楽しんでいればいい。普通の先輩と後輩で、充分だった。
なのに。
「…ごめん、影山さん」
『…済みません、ユキさん』
何で。
「愛してる」
『愛しています』
何で同じ顔で、同じ言葉を口にする。
由貴は運命を信じていない。今まで裏切られてきたから。誰にも覚えてもらえなかったから。奇跡なんて、起こらなかったから。だから、信じていない。“来世も一緒に”だなんて安いせりふを信じていない。
それなのに。覚えていなくても、違う名前でも、違う体でも、言うのか。由貴を愛すと言ってくれるのか。
待たなくていいと、言っているのに。
「…………本当に…馬鹿なんだから」
赤葦はどういう意味なのだろうかときょとんとした。そんな顔に、由貴の胸はあたたかくなる。
愛せるだろうか、この男を。もう部下ではないこの男を。“赤葦京治”を。
「一つ、訊いてもいいですか」
「なに?」
「どうして“愛してる”という言葉を使ったんですか」
その問いに赤葦は照れくさそうに視線を落とした。
「…俺は」
「はい」
「俺が思っている以上にあなたが望むことをしてやりたいみたいです」
その言葉に由貴は目を見開いた。
「俺の全てを投げ打ってでも、あなたの為に何かしてやりたい――そう思うのは、恋じゃないでしょ?」
馬鹿な人――そう思った。
ふっと、口元が緩む。嘲笑ではない。これは多分、愛おしさから来ているもの。
「じゃあ一つ、私の為にしてくれますか」
「うん、良いよ」
「―――抱き締めて」
その両腕で。
視界がぼんやり滲んでいるのは錯覚ではない。彼が今どんな表情をしているのかはっきり見えないのは残念だが、ぎこちない動きで彼はその逞しい両腕で由貴を包んだ。心臓に耳を当ててみれば彼の早鐘が聞こえてきた。当たり前だ。由貴には、その当たり前のことが堪らなく嬉しく思えた。
目を瞑って、身を委ねる。少し高めの体温を感じながら、由貴は自分の腕を彼の背に回した。