痛む頬に湿布を貼って、ユキはあいつの病室に訪れた。
あの出来事から三日が経過していた。人類最強を失った兵団は事後処理や上への報告で慌ただしく、数日経っても収まるところを知らない。ユキも分隊長であるためその報告に駆り出されていたのだが、ハンジの計らいで今日一日のみ自由が許されていた。おそらくユキとあいつのことを気遣ってのことだろう。

あいつは普通に出迎えてくれた。右腕を失くさせておいて尚、ユキを責めない姿勢に何も言えなくなる。
あいつはいつでもそうだった。常にユキを第一に考え、意見せず、ユキが望むままに動いた。だからこそ今回のことは驚くべきことだったし、それを理解していながら敢えて助けたと気持ちを吐露したあいつに、ユキの心は罪悪感に満たされた。
互いが沈黙する。聡明そうなあいつの目は、欲していた。何を、だなんて訊かなくとも分かる。草木が揺れる音のみが白い病室を支配する。ユキにはあいつの次の行動がなんとなく読めた。
ユキは抵抗しなかった。
それは罪悪感によるものか、単に心が動いたからなのか、定かではない。ただここで拒んではいけないと本能が訴えていた。
「あなたはひどい人ですね」
「…お前、人のこと言えないだろ」
「そうですね…俺も、ひどいやつだ」
あいつは悲しそうに笑った。
「…済みません、ユキさん」
そして、上官と部下の一線を越えようとしていた。

「愛しています」

ユキはそれを受け入れたが、応えはしなかった。何も言わずにあいつの瞳を見つめていた。じわり、視界が歪む。雫が落ちる前に、あいつが人差し指でユキの眦に触れた。
暫ししてノックが沈黙を割った。ハンジだろう。ユキは立ち上がった。あいつも手を引っ込める。
「……お別れだ」
「はい」
最後にあいつの名を呼ぶ。はい、とあいつがもう一度頷く。
「――――私のことは待たなくていい」
我ながら本当にひどい奴だなと、自嘲する。
「好きに生きろ」
あいつの次の言葉を待たずして、ユキは退室した。息を呑んだあいつの音が、暫く耳に纏わりついた。



「何であんなひどいこと言ったの」
廊下にてハンジが静かな憤りを表した。
「…盗み聞きなんて趣味が悪いな」
「はぐらかさない」
ムッとしたハンジの顔を一瞥して、廊下の先を見た。背後に気配はない。これからはずっと、そうなのだろう。
「このほうが良い。あいつの為にも」
それに―――。
「それに、どうせ忘れる」
ハンジの目が見開く。どうしてそんなことを、と思っているのだろう。ユキは深く語らず歩き始めた。


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