「…え、なに。俺なんかした?」
「木兎さんのうるささが原因じゃないんですか」
「ええッやっぱ俺!?」
慌てる木兎に黒尾はどうだろうと疑問を呟く。二人が不可解そうにこちらを見た。
「なんつーか、由貴チャン、赤葦を見てびっくりしてたんじゃないの?」
「……俺ですか?」
少なくとも黒尾にはそう見えた。由貴は木兎の威勢に引いてはいたが困惑はしていなかった。だが赤葦が来た途端に態度を変えた。何故ここにいる――彼女の黒曜石の瞳が、語っていた。そして、狼狽。できれば会いたくなかったと言うような表情に、黒尾は驚きを禁じ得なかった。
「赤葦、由貴チャンと知り合いなわけ?」
「………」
「おーい、赤葦?」
由貴に顔を向けて反応を示さない赤葦の肩を掴んで振り向かせる。「ああ済みません」と赤葦はいつも通りの無表情で答える。
「で?」
「初対面の筈ですよ、俺の記憶にある限りは」
「だよなぁ」
だが明らかに由貴の態度は知り合いのそれだ。しかし自ら離れていったとなると、赤葦の存在は彼女にとっては都合の悪いことらしい。ならば、これ以上無駄に掘り返さないほうが賢明な判断かもしれない。
「誰かと勘違いしたんじゃないですか?」
「…ま、そうかもな」
当人である赤葦がそう言うのだ、人違いだろう。黒尾はこれ以上深く考えないようにした。
―――考えないように、していた筈だった。
だが黒尾の思考は試合を終えたあとも働き続けた。理由は簡単だった。由貴が、あからさまに赤葦を避けていたからである。どうしても彼と対面したくないのか梟谷メンバーの傍にさえ近寄りたくないようだ。これを怪訝しないほど黒尾は鈍くないし、無関係な筈の我がセッターの鋭い観察眼もそれを捉えていた。
「…あの子、どうしたの」
「さあ」
弧爪の問いに黒尾は明確な答えを出せなかった。
「………なんていうかあの子、俺とちょっと似てるね」
「は?どこが?」
由貴は弧爪ほど人見知りは少ないし、ちょっとドライかもしれないが普通に話せる女子高生だ。それになにより、猫背ではない。
そう話せば弧爪は「猫背は関係ないでしょ」と唇を尖らせた。
「俺が言ってるのはそういうことじゃなくて……人の目を気にしてるってこと」
「…あ?」
「あと、周りと関わりたがらないところとか」
「あー…まあそうだな。他のマネときゃっきゃしてるトコとか見たことないもんな」
それどころか笑顔さえ見たことない。(ああ、確かに研磨と似てるわ)思い返して弧爪の言葉に同意した。
「オニーサンとも不仲みたいだし、大変だねぇ」
「ふーん……ま、俺には関係ないけど」
そう言うと弧爪は由貴に興味をなくしたのかベンチに置いてあるドリンクを取りに行ってしまった。相変わらずの淡泊さに感嘆の溜息が出る。
「…ま、確かに関係ないよな」
由貴が知らないふりをしているのだ。無関係の人間がそれを引っ掻き回すのは野暮だろう。今回の練習に支障が出なければ、別に関わらなくたって問題ないのだ。だから気にする必要はない。
黒尾は己の中でそう完結させ、今度こそ要らぬ思考を追い払った。


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