夜になり、練習試合は終わりを迎えた。とはいえ黒尾はリエーフを誘い、自主練習に勤しんでいた。そののち木兎が赤葦を引きずってミニゲームをしないかと誘ってきた。その時既にリエーフは疲れ切っていたので黒尾のみそれに参加することとなった。
「あっ、由貴チャーン」
ふと視線を横に向ければ、丁度洗濯物を持った由貴が廊下を通り過ぎようとしていた。
「何か」
「ここでバテてるリエーフ、介抱してくんない」
何でそんな面倒くさいことを、と由貴の表情が物語っていたが彼女は案外素直に言うことを聞いた。由貴は洗濯物を洗濯機に入れると、傍に設置していた自販機でスポーツドリンクを買ってからリエーフの元へ歩み寄った。その際、一瞬だけ赤葦に視線が流れたがすぐにリエーフに戻った。
「オラオラ黒尾ォ!早くブロックやれよ!赤葦行くぞー!!」
「木兎さんもうちょっと音量抑えてください」
介抱している由貴から彼らへと向き直り、黒尾は再びブロックへと参じた。


「あれ?俺らの分も買ってきてくれたの?」
練習を終えると、頃合いを見計らって由貴が黒尾たちにドリンクを差し出した。
「アリガト、気が利くねー。なあ、このまま音駒に転入しねえ?」
「しません」
黒尾の冗談を一刀両断し、由貴は木兎と赤葦にもドリンクを渡した。木兎は素直に受け取っていたが、赤葦は昼間の件を思い出したのか少しだけ体が固くなっていた。
「なあ由貴!お前バレーできるのか?兄貴はセッターなんだろ?」
「…………。私はバレーには興味なかったんで。授業以外でやったことはありません」
何でお前が名前呼びなんだよ、という由貴の心の声が聞こえた気がした。が、生憎木兎には聞こえなかったらしく、ええー!!と唇を尖らせていた。
「マジかよ勿体ねえな。兄貴があれなんだから、お前も運動神経は悪くねーだろ?」
「…まあ、多少は」
「じゃあやれば良いじゃん!」
どういう理論だそれは、と黒尾は心中で突っ込む。
「木兎さん、影山さんは興味ないって言ってるんですから無理強いしちゃ駄目でしょう」
「良いじゃねーかちょっとくらい!」
赤葦のフォローも虚しくコートに連れて行かれる由貴。彼女をコートの中心に立たせると、木兎はこちらに手を振る。
「赤葦!お前トス上げてやれよ!」
(何なのお前、由貴チャンに恨みでもあんの?)赤葦と関わりたくないと行動が物語っているのに、わざわざ赤葦を接触させたがる辺り、余程恨みつらみがあるのか。まあ木兎のことだ、全く気づいていないのだろう。こうなっては仕方ない、由貴から助けろよとシグナルが来るが諦めろと手を振った。
「…じゃあ一球だけで…良いよね?」
「、お願いします」
赤葦も気まずそうだ。可哀想だなぁだなんて考えながら、黒尾は何気なくトスが上がるのを見やる。
由貴の体が動く。白い脚に力が入り、跳ぶ。薄い体を反り、細腕を大きく振りかぶる。雲鬢が軽やかに揺れた。
――――綺麗だ。
ずばんっ!と自分たちがするアタックよりも幾分か軽い音が体育館に響いた。軽やかに着地する由貴はほっと息をついて「では」と軽く頭を下げて立ち去ろうとした。しかしそれは叶わなかった。
「な、なんだよめちゃくちゃキレーなフォームだったじゃねーか!」
「!?」
「赤葦もそう思うよな!!」
「ええ…………すごいね影山さん、素人とは思えないよ」
確かにすごかった。そりゃ威力だとかコースだとか未熟なところはあったものの、素人がやるにはあまりにも美しすぎるアタックだった。
「ふーん、すごいじゃん。由貴チャン、今度からの自主練付き合えよ」
「嫌です」
「ええー!何でだよ!」
「…マネージャーの私が練習に参加するっておかしいじゃないですか」
そう言い、由貴は赤葦に目を向ける。
「? まあ、でも見るくらいなら良いんじゃない」
「…は、」
「だよなぁ!由貴、明日から来いよー!」
驚愕する由貴を放って勝手にテンションを上げる木兎。あーあ、と息を吐いて黒尾は由貴の肩を叩いた。直後、それは勢いよく振り落とされた。


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