目を覚ました時、身体がひどく怠いことに気がついた。そして次に、上等な布団に寝かされていることにも気がついた。
意識がまだ朦朧とする中、隣に気配を感じて首だけ動かしてそちらを見やる。
「おう、気づいたかい」
奴良鯉伴が、そこに居た。
「…っ!!」
「馬鹿っ、動くな!どんだけ酷い熱出してると思ってるんだい!」
殺気を出しながら起きようとする子供を、必死に寝かしつける鯉伴。「触んな!」と子供は彼の手を払おうとするが、くらりと眩暈に襲われ、それは叶わなかった。
無理矢理寝かしつけ、鯉伴は息を吐く。
「無理したんだな」
「…は?」
「どれだけ身体に負担がかかってたか、分からなかったのかい」
「…しらんわ。そんな…けほっ、」
「ほれみろ、大丈夫じゃねェだろ」
そうして鯉伴は「飲め」と白い紙に包まれた薬を差し出す。
「薬師一派から貰った薬だ。苦いがよく効く」
「…嫌や」
「あー?我儘言うな」
「薬嫌いや」
飲むことを拒否し、子供はくるりとそっぽを向いてしまった。だが鯉伴はその行為にどこか安堵してしまった。先の戦いで尋常ではない強さを発揮した子供。だがそれ以外では、案外年相応な態度を見せることに、やはり普通の子供だという事実を知らされて安心したのだ。殺戮に生きる子供ではないということに。
「…なんなら口移ししてやろうか?」
「黙れ変態気持ち悪いねん」
「そこまで言わなくても…」
「大体あんたのところで用意した薬なんか飲めるかい。毒かもしれん」
子供の言うことにも一理ある。頭の回転が随分早いと感心しながら、鯉伴は薬を少量手に付着させ、舐めた。
「!」
「これで信じてくれたか?」
くっくっく…嫌らしく笑う彼に、子供は更に辟易した。
*
数日後、子供は縁側に座って枝垂れ桜を眺められる程回復していた。
「ねえ」
「あ?」
皆この子供を畏れて近づきさえしない中、唯一、河童だけがいつも子供の傍にいた。
「オイラと遊ぶ?暇なんでしょ?」
「またあんたなんかい。何でわいに構うねん」
「オイラも暇だから」
「…わい、あんたの大将に刀向けてんで」
「うん知ってる。でもあの人は君を擁護してる。きっと何かしらの理由があるから、君のことを敵視してない。だからオイラも君のことを敵だなんて思わないよ」
「…どいつもこいつも、甘い奴ばっかや」
そう言うと、子供は池の水を両手で掬い、河童の頭にかけた。河童は皿から水をかけてもらったので気持ち良さそうに目を細める。
「あー、うん良いね。君、ここに来る前に他の河童に水かけたことあるの?」「あるわけないやろ。わい、一人やったから」「そっかー。でも中々上手いね、水かけ上手いよ」「水かけるんに上手いも下手もあるんか」「あるよー、見当違いなところにかける奴とか居るよ?」「そいつはただの阿呆やな」
会話を聞いている限り、割と仲良さ気である。
「…二代目を殺すんやなくて、二代目の仲間を殺せば良かったな」
「?」
不意に洩れた言葉に、河童はぴくりと肩を揺らした。
「あいつは自分よりも仲間を大事にしてそうや。理不尽に仲間を殺された方が、あいつにとってはええ刺激やったかもな。ほら、首の無い妖怪とか」
「……」
「あんたはええな。大事なモン持ってて」
子供の昏い瞳が、僅かに揺れた気がした。
「何でわいなんや」
「哀しいの?」
「……」
「…オイラ、君のことが大事だよ」
突然の告白に子供はキョトンとする。河童は続けた。
「ここ数日で、君が危険な子じゃないってのが分かった。ただ、寂しかったんだよね」
「…何、言うとんや」
「オイラ、君の友達になりたいなあ。そうしたら、君はもう独りじゃないし、寂しくないでしょ?」
河童の瞳は純粋に子供を映している。瞳の中の自分が、ひどく間抜けな面をしていて、子供は戸惑った。
「わいは二代目に復讐しに来たんや」
「うん」
「そんな奴と友達なる言うんか」
「うん」
「阿呆やな、お前」
「へへ。大丈夫、君は優しいから」
「優しい?わいが?」
「うん、優しいよ」
「意味分からんわ、あんた」
そうして子供は、困ったような笑みを浮かべた。
「ねえ、君の名前教えてよ」
(わいの名前…)
『お前、何もないのか?』
「わいは…」
『お前に名を与えよう、そうだな…名は…』
「わいの名前は、市夜。主様から頂いた名や」
「綺麗な名前だね。よろしくね、市夜」
そうして子供・市夜は、河童に心を許したのであった。