「そういやアイツどこ行ったんだろうな。この小屋の手前で別れてそれっきりだ。おまえらは見てねぇの?」
「はあ? オレ達は船から降りてきたんだぜ。ミスタと一緒にいると思ってたし」
「もしかして、どこかですれ違ってミスタのことを探してるんじゃないか?」
腹部の傷が治って大喜びのピストルズに飛びつかれているミスタさんに問うと、彼も首を傾げて不可解そうに扉の外を窺う。意識のない追手を身動きの取れないようにぐるぐる巻きにしていたナランチャさんとフーゴさんも、やっぱりジョルノさんの行方は知らないようだった。
私達は港から来たのだから、彼が船に向かっていたならばったりと鉢合わせていたはずだ。人混みとはいえ、彼の目立つ容姿を見逃すとも思えないし、逆に集団で動いていた私達を彼が見つけられなかったとも考えづらい。
だとすると、ジョルノさんは今もどこかで身動きが取れない状況なのだろうか。はたまた、フーゴさんの言ったようにミスタさんを探しているのか。もし、怪我をしているようなら早く治さないと……。とにかく、このまま放っておくわけにはいかない。
「私、こっちの裏口の方を探してみますね」
「オレも行くぜ。怪我も治ったことだし、何よりココロに何かあっちゃあ困るからな」
「では、ぼく達はコイツを船にぶち込んでおきます」
「ミスタァ、二人きりだからってココロに変なことすんなよな」
「それは約束できねぇなぁ?」
悪戯な笑みを浮かべたミスタさんを、ああ? と地を這うような低い声でナランチャさんが軽く睨みつける。けれど、ミスタさんには全く効果がなかったのか演技がかった降参のポーズでひらりと躱して見せた。
それにむっとしたナランチャさんが「やっぱオレも行く」と言い出したところで、その首元を後ろからフーゴさんが捕まえた。そうして、そのままずるずると彼を引きずって表口へと向かっていく。
「何すんだよッ、フーゴ! このままじゃあ、ココロが……!」
「はあ。あんなのナランチャの反応が面白いから揶揄われてるだけでしょう」
「随分余裕だなぁ、フーゴクンは?」
「わ、ミスタさん?」
裏口から外を窺っていたら背後から肩をひょいと軽く引き寄せられ、よろめいた体がミスタさんの胸元に当たる。密着するように身を屈めた彼の特徴的な帽子が頬を擽って、その距離を悟った。自分から近くに行くのは気にならないのに、相手から来られると途端に恥ずかしくなるのはどうしてだろうか。
突然のことにぴしりと固まったのは私だけではなく、何故か目の前のナランチャさんとフーゴさんも同様で。けれども、一瞬早く我に帰ったのはフーゴさんだった。くるりと踵を返し、こちらへ向かってきたかと思うと、瞬きした頃にはその拳がミスタさんの鼻先に突きつけられていた。
「あまり調子に乗ってるとスタンドで殴るぞ」
「……ゴメンナサイ」
先程のナランチャさん以上の低さを持つ声音だった。まさに絶対零度。彼のスタンドで殴られたら、その、とても良くない。
さあっと青くなったミスタさんを一瞥して、ナランチャさんを引き連れたフーゴさんが小屋を出て行く。去り際のナランチャさんでさえ、哀れみの視線をミスタさんへ送っていたから、どうやらフーゴさんを怒らせたのは間違いないらしい。
「……すごく怒ってましたけど、何がきっかけだったんでしょう……?」
「相変わらず清々しいほどの鈍感さ……いや、それよりもしものことがあったら頼むぜ」
「それはもちろんですが……ミスタさんが腐るところなんて例え少しでも見たくないですから、これ以上フーゴさんを怒らせないようにしてくださいね」
「うーん、たぶん無理だな」
「ええ……?」
けろりとした返答に納得がいかなくて彼に詰め寄ろうとした時、不意に聞こえてきたエンジン音につられて裏口から外を見ると、一台のトラックが小屋のそばに停車していた。
驚いて目を見張ったのは、その助手席に見覚えのある姿を発見したからだった。どこから、どう見てもジョルノさんだ。どうしてトラックに乗っているのかは気になるところだけれど、とにかく見つかってよかった。ミスタさんの手を引いて、車から降りてきた彼に駆け寄る。
「ジョルノさん!」
「! ココロ、それにミスタ! いないと思ったら、戻ってきてたんですね」
「よォ、ジョルノ。おまえがモタモタしてっから、もう全部片付いてるぜ」
「ええ、そうみたいです」
「ありがとうございました。おかげで、連れが見つかりました」と、ドア越しにジョルノさんがお礼を述べているけれど、それを受け取る運転手さんの様子はなんだかとても怯えているようで不思議だった。
何かを堪えるように口を引き結び、頼りなさげに宙を滑る視線がミスタさんを映すと、彼はひっと引きつった声をもらす。次いで、首を傾げた私を見るなり「お、お嬢ちゃんも脅されてるのか……!?」と、ひどく震えた声で問われて。
「いえ、脅されてはいませんけど……?」
「ははっ、マジか! まさか、ジョルノもおんなじトラックに乗ってたとはな!」
「ミスタ、運転手が怯え切っているんですが、一体何をしたんですか?」
「いやいや、どう考えてもオレだけのせいじゃあねぇって」
運転手さんの謎の発言を軽く受け流した二人は特に気にする素振りも見せず、普通に港へと戻っていく。疑問に思ったものの、追求していたら間違いなく置いて行かれてしまうので、慌てて彼らの後を追った。
「信じらんねぇ……あんな小さな女の子が、何で危ねぇ連中と関わってんだよ……」
そんな運転手さんの嘆きにも似た微かな呟きは、私達に届くことはなく、カプリ島の静かな風に拐われてしまったのだった。
この島にあるというポルポさんの隠し財産を巡る途中、私達はとある公衆トイレへと訪れていた。
さすがに男性用の部屋には入れないので、みんなの話が終わるのを入り口付近で待機する。しかし、なかなか出てくる気配がない上に、百億リラという単語まで聞こえてきてひやりとした。まさか、ここが目的地だとは到底思えないのにあからさまな会話をしていていいのだろうか。
もし誰かに聞かれたら、と不安が過ぎったところで、ふと二人組がこちらに向かって来ているのに気がついた。手にしたモップの存在とその服装で清掃員の方だと予想する。慌てて振り返り、できるだけ遠くからそっと声をかけた。
「あの、みなさん。清掃員さんと思わしき方が二名、こちらへ向かって来ています……」
「なに? こんな時に……いや、まさか!」
一瞬だけ空気が張り詰めて、それから何かに思い当たったような様子のブチャラティさんが外へと飛び出してきた。続けて、その後ろを不思議そうな面持ちの他のメンバーが追ってくる。
そして、やや緊張した珍しい表情のブチャラティさんの名前を、清掃員さんのうちの一人がぴたりと言い当てた。背の低い老人の方だ。その声音には昔からの知り合いに会ったかのような、そんな確信が込められていた。
「全員、礼だ! 彼はパッショーネの幹部、ペリーコロさんだ」
かくして、ブチャラティさんの手により隠されていた大金が金銀財宝という形で発見された。そこへ至るまでの信頼や頭脳、そして組織へ金を納めた功績を評価され、晴れて彼は幹部の地位を授けられる。ポルポさんが抜けた穴へそのままブチャラティさんが入ることになるらしい。
ついにブチャラティさんが幹部になったと沸き立つ私達だけれど、どうやらペリーコロさんの話には続きがあるようだった。曰く、本来であればポルポさんへ任せられるはずだったその仕事を、代わりにブチャラティさんが遂行しろとのこと。
内容は、“ボスの娘を命をかけて護衛する”こと。つまりは、清掃員に扮したもう一人の女性が件のボスの娘さんだったようだ。
「……トイレ、行っても?」
「構わんよ、トリッシュ」
そう言って静かにお手洗いへと向かう彼女が、不意に近くにいた私をじっと見つめてくる。観察するような、疑うような。そんな訝しげな眼差しで上から下まで眺め回されると、ただでさえ彼女の方が背が高いので少し、いやかなり居心地が悪い。
曖昧に微笑んで、首を傾げる。いきなり何か、気に触るようなことをしてしまっただろうか。
「あの、どうかしましたか……?」
「……いえ、別に。あなたちょっと着替え手伝ってくれない?」
「え、は、はい。わかりました」
特に断る理由もないので大人しく着いて行くと、やがて彼女は個室にてひょいひょいと変装のための服を脱いでしまった。
私服……なのかはわからないけれど、肩やお腹、脚までもが広く露出していてなんだかハラハラする。随分と軽装だ。似合っているか否かで言えば、すらりとしたスタイルにとてもよく似合っている。ただ、その、防御力がなさそうで……心許ない……。
こんなにも体型の出る服を着こなせるなんてすごいなあと思いながら、彼女と共にお手洗いを出る。すでに入り口でトリッシュさんを護るように見張っていたミスタさんやフーゴさん、ナランチャさんの姿に改めて重要な任務なのだと突き付けられた心地がした。
嫌な緊張に背筋が凍るような感覚がする。無意識に腕をさすっていたら、ココロ、と先程名乗ったばかりの名前を彼女に呼ばれた。
「あたしハンカチないんだけど、あなた持ってない? できれば使ってないやつ」
「ああ、すみません、気がつかなくて……! これで良ければどう、」
ぞ。と言う前に言葉がつかえてしまったのは、差し出そうとポケットの中に手を入れて、不意にそのハンカチの状況を思い出したからだった。
“できれば使ってないやつ”なんて。
今の私の手元にあるのは、レストランでナランチャさんの頬の傷を拭って一部が真っ赤に染まってしまったそれだけだ。洗ったところで血液は上手く落ちなかった。
けれども、しまったと躊躇ったのは一瞬で。次には目の前の不思議そうな表情をしている彼女へと、構わずハンカチを差し出した。
それは間違いなく使用済みのものだった。しかし、心配はいらない。実際に手にしたそのハンカチは使う前の──“真っ白”な状態を保っている。
変に間を開けてしまったのを笑うことで誤魔化す私の耳元で一対のイヤリングが揺れ、消えていく。
「どうして今、変な間があったの?」
「ハンカチを忘れたかと思いまして……」
「そう、あったならいいけど。本当に使ってないみたいだし」
「(今のは……? あれはリストランテで使っていたはずじゃあ……)」
あまり突き詰める様子もないトリッシュさんに安心していたので、たまたまこちらを見ていたジョルノさんが驚いたように目を見張ったことには気がつかなかった。
「(おお、やっぱ何度見てもすげー能力だな)」
「(貴重な能力をそんなところで……まあ、血みどろを渡すわけにはいきませんか)」
「(よかったぁ、オレの血がキレーに消えて)」
なお、入り口付近で私達のやりとりを見守っていた三人には、早々に絡繰りを見破られていたらしい。